レシピを開くと、こねたあとに1時間休ませて、成形してからまた40分休ませる、と書いてある。同じ「発酵」なのに、どうして2回も待たされるのだろう。
この2つは、名前が似ているだけで仕事の中身がまるで違います。一次発酵は生地そのものを育てる時間で、二次発酵は育った生地を、形を保ったまま膨らませる時間。役割が違うので、片方でもう片方の代わりはできません。
この記事では、一次発酵と二次発酵でそれぞれ何が起きているのか、途中のガス抜きは何のためにあるのか、そして「発酵1回」の時短レシピをどう位置づければいいのかを、順番にほどいていきます。
一次発酵は、生地そのものを育てる時間
パン酵母は小麦粉の糖を分解して、炭酸ガスとアルコールを出します。ガスはグルテンの網目に入り込んで生地を押し広げ、アルコールは焼成中に飛んで香りに変わる。ここまでは発酵の入口の話です(発酵そのものの仕組みは発酵とは?基礎知識にまとめています)。
一次発酵が担っているのは、そこからもう一段深いところ。大きく3つの仕事があります。
風味の素をつくる。発酵が進むにつれて、複雑な炭水化物がより小さな糖へ分解されていきます。この糖が焼成時にカラメル化して、焼き色と香ばしさになる。だから発酵時間が長いほど風味が乗るし、逆に短時間で仕上げたパンは老化が早いと言われます。
グルテンを熟成させる。時間の中でタンパク質が水分を吸って結びつき、酵素がグルテンを分解しては組み直します。この往復を経た生地は、伸びる力とガスを抱え込む力が上がる。こね上げただけの生地とは、手触りからして別物になります。
ガスで網目を鍛える。内側から炭酸ガスに押され続けることで、グルテンの膜が薄く、均一に引き伸ばされていきます。
目安の数字はこのあたりです。
- 温度は27〜30℃前後(レシピによっては28〜40℃の幅で指定されます)
- 湿度は70〜80%
- 時間は40分〜1時間がひとつの目安
- 終わりの見極めは、生地が2〜2.5倍にふくらむまで
途中のガス抜き(パンチ)は、止めるためではなく進めるため
ふっくら膨らんだ生地を、わざわざ潰す。初めて見るとずいぶん乱暴な工程に思えますが、あれは発酵をリセットしているのではなく、むしろ先へ進めるための操作です。
- 発酵を再加速させる。溜まりすぎた古い炭酸ガスは、それ自体が発酵の足を引っ張ります。抜いてやると、酵母はまた活発に働きはじめます。
- 気泡を割り直す。発酵が進むと気泡どうしがくっついて大きな穴になっていきます。ここで割ると細かい気泡に戻り、クラムのきめを整えられます。
- グルテンを強くする。折りたたむ動作で網目に張りが出て、より多くのガスを抱えられるようになります。
- ムラをならす。酵母と糖の偏り、生地の表面と内側の温度差が平らになります。
ChainBakerが行った比較実験では、折りの回数だけを変えた4つの生地を、同じ膨らみになるまで発酵させています。折りが多いものほど窯での伸びがよく、クラムも均一になった。逆に折らなかった生地は途中で発酵が鈍り、最終的な伸びが伸びきらなかったといいます。砂糖や油脂の少ないハード系のパンでパンチが重視されるのも、この「グルテンを強くしてボリュームを出す」効果を狙ってのことです。
二次発酵は、形になった生地の最後のひと伸び
成形の工程で、生地は一度しっかりガスを抜かれ、きゅっと締まります。二次発酵(最終発酵、ホイロ)は、そこから焼成前の最終的なふくらみをつくる時間です。
面白いのは、同じ酵母が同じようにガスを出しているのに、二次発酵のほうが効率よく膨らむこと。一次発酵で熟成を終えた生地は、ガスを抱え込む力そのものが上がっているからです。
そしてもうひとつ、二次発酵には「窯伸びの助走」という役割があります。パンが最も劇的に伸びるのは焼成の最初の3分の1、気泡の内側の圧力が急に高まる瞬間です。このとき働くのは炭酸ガスだけではありません。生地が70℃に近づくとアルコール(沸点78.4℃)が気化しはじめ、さらに水蒸気が加わる。研究では、70℃までの窯伸びの体積の半分以上を水が担い、残りの多くをアルコールと炭酸ガスが担うとされています。
ここが肝心なところで、これらの気体はいずれも「すでにある気泡」を押し広げる形で働きます。二次発酵で気泡を用意しておかないと、窯の中でどれだけガスが発生しても、膨らむ先がありません。
- 温度は35〜38℃(30〜40℃で指定するレシピもあります)
- 湿度は75〜80%
- 時間は30〜40分が目安
- 終わりの見極めは、約2倍にふくらみ、指跡がゆっくり戻るくらい
押して確かめるやり方はフィンガーテストでの見極めで詳しく扱っています。
1回だけだとどうなる? 発酵1回レシピとの折り合い
では、どちらかを省くと何が失われるのでしょうか。
一次発酵を省いた場合、消えるのは風味の素とグルテンの熟成です。パンとしては焼き上がりますが、香りが薄く、生地の構造も弱いまま。二次発酵を省いた場合はもっと直接的で、成形でガスを抜いた生地をそのまま窯に入れることになり、膨らむ先の気泡が足りません。
一方で、発酵1回のレシピが世の中にあるのも事実です。矛盾しているようですが、成立する条件があります。
- 成形でガスを潰さないもの(型に流す、軽く丸めるだけ)なら、一次発酵のふくらみをそのまま焼きに持ち込める
- 逆に、きっちり成形するパンほど二次発酵の重みが増す
ただし短時間で一気に発酵させたパンは、旨みが乗りきらず、老化も早い。ここは正直に受け止めたほうが健全だと思います。「2回が正しい」というより、「2回かけたほうが得られるものが多い」。平日は1回で焼いて、時間のある日は2回かける。そのくらいの折り合いでいいはずです。
一次発酵と二次発酵の早見表
| 見るところ | 一次発酵 | 二次発酵 |
|---|---|---|
| 主な仕事 | 風味の素づくり・グルテンの熟成 | 成形後の最終ふくらみ・窯伸びの助走 |
| タイミング | こね上げ後、成形の前 | 成形後、焼成の直前 |
| 温度と湿度 | 27〜30℃/70〜80% | 35〜38℃/75〜80% |
| 時間の目安 | 40分〜1時間 | 30〜40分 |
| ふくらみ | 2〜2.5倍 | 約2倍 |
| 見極め | 指の穴がそのまま残る | 指跡がゆっくり戻る |
よくある失敗と、その直し方
- 一次で指の穴がすぐ戻る(発酵不足)/こね上げ温度が低いことが多いパターン。5〜10分ずつ延長して様子を見ます。
- アルコール臭がして生地がしぼむ(過発酵)/残念ながら元には戻りません。キメが粗くなるのを承知で焼き、次回は時間を短く、あるいは置き場所の温度を下げます。
- 二次発酵で膨らみきってから焼いた/窯で伸びる余地が残っていません。最大にふくらむ「直前」で止めるのがコツです。
- 二次発酵中に生地の表面が乾く/熱湯を入れた容器をオーブン庫内に一緒に置くと、湿度を保てます。
- クラムの穴が大きくバラバラ/ガス抜きと折りが足りていない可能性があります。折りを増やすと、きめが整います。
待っている時間も、作業のうち
一次発酵と二次発酵は、同じ作業の繰り返しではありません。前半は生地を育てる時間、後半は育った生地を膨らませる時間。ボウルに布をかけて何もしていないように見えるあいだ、中では別々の仕事が静かに進んでいます。
そう思えると、あの1時間の待ち方が少し変わるはずです。時計だけでなく、生地そのものを見てあげてください。
