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クロアチアのソパルニク(Soparnik)— 熾火を「上から」かぶせて焼く、フダンソウの薄い包み

2026年09月09日 読了時間 約10分
三角に切り分けたクロアチアのソパルニク。縄のようにねじって閉じた縁と、こんがり焼けた斑点、あいだから覗くフダンソウの緑、上に散らした刻みにんにく。

炉の石が白く焼けたら、そこへ生地を直接すべらせます。そして上から、熾火をざっとかぶせてしまう。

クロアチア南部・ポリツァ地方のソパルニクは、そうやって焼く無発酵のパンです。紙のように薄くのばした生地2枚のあいだにフダンソウを詰め、縁を縄のようにねじって閉じ、炭と灰の下に埋める。20分ほどで掘り出すと、灰まみれの円盤が出てきます。

この記事では、この「上からかぶせる」焼き方が何を解決しているのか、なぜ小さな地方の菜っ葉入りパンがEUの登録簿にまで載ったのか、そして日本の台所とふつうのオーブンで焼くときの手順とつまずきどころを紹介します。

熾火を、上からかぶせる

焼き場は「コミン(komin)」と呼ばれる、開いた石の炉床です。蓋も、天井も、扉もありません。

蓋のない炉で上下から火を通すには、どうすればいいか。ポリツァの答えは身も蓋もないほど単純でした。上火を、炭そのもので作る。焼けた石が下から、かぶせた熾火が上から。オーブンという箱を持たない台所が、火のほうを箱の形に組み替えたわけです。ぶどうの古枝を燃やした熾火を使うと聞くと、その煙の匂いまで生地に移りそうな気がしてきます。

20分ほどで掘り出したソパルニクは、灰をかぶって灰色です。それをはけで払うと、下から薄い皮が現れます。ふくらんではいません。ところどころに濃い焼き斑が浮き、隙間からフダンソウの緑が透けている——それがこのパンの顔です。

仕上げは、熱いうちに。オリーブオイルをたっぷり塗り、みじん切りにした生のにんにくを散らします。火は入れません。パンの余熱だけでにんにくが立ち上がり、その香りが台所じゅうに広がる。この最後のひと手間があるかないかで、まったく別の食べものになります。

そして、ひし形に切る。大きなものだと40切れほどになります。四角でも三角でもなく、ひし形。大人数で分けるためのかたちです。

生地は2〜3ミリ、板は直径1メートル

材料は拍子抜けするほど少ない。軟質小麦粉、水、塩、油。それだけです。イーストも、卵も、バターも入りません。

その生地を、シニヤ(sinija)という円い木の板の上でのばします。この板が直径90〜110センチもある。麺棒を端まで走らせて、2〜3ミリの薄さまで持っていくのですから、これは腕力と根気の仕事です。

具は火を通しません。フダンソウ(現地名ブリトヴァ)を刻み、赤たまねぎとパセリを合わせ、塩と油をふって、生のまま下の生地に広げる。もう1枚をかぶせたら、二重になった縁をつまみ、縄をなうようにねじって閉じます。中の水分は逃げ場を失い、焼いているあいだに葉を蒸します。生の葉を詰めて閉じる、というより、閉じることで蒸し器を作っているわけです。

EUの登録簿での分類は「クラス2.3 パン、ペストリー、ケーキ、菓子、ビスケットその他のパン屋の製品」。見た目はパイやお焼きに近くても、書類の上ではれっきとしたパンの仲間です。

  ポリツァの伝統的な焼き方 家庭のオーブン
下からの熱 白く焼けた石の炉床 天板(できれば予熱しておく)
上からの熱 かぶせた熾火と灰 庫内の上火
目安 およそ20分 200℃で20分
焼き上がりの見た目 灰をかぶる。はけで払う 灰はつかない。焼き斑を目印に
香りの出どころ ぶどうの古枝の煙+仕上げのにんにく 仕上げのにんにく
資料に記された伝統的な作り方と、家庭のオーブンでの置き換えを並べたもの。分量ではなく段取りの対応表です。

ポリツァ共和国の台所から、EUの登録簿へ

ポリツァは、アドリア海に面したオミシュとスプリットのあいだにある一帯です。北東をツェティナ川、西をジュルノヴニツァ川、南を海に区切られた、21の集落からなる地域。ここには中世末から近世にかけて、およそ700年にわたって自治を保った「ポリツァ共和国」がありました。

ソパルニクは、その自治のあいだずっと焼かれてきた、働く人の食べものです。旬は冬。寒さにあたって甘みの増したフダンソウが手に入る季節のものでした。肉も乳も使わないので、断食の期間や祝日の食卓にも並びます。名前はトルコ語の「ソパ(麺棒)」「シニ(盆)」に由来するという説がありますが、確かなところは言い切れません。

はっきりしているのは、この地方の外に出ていったあとの話です。2016年3月30日、欧州委員会の施行規則(EU)2016/526により、「Poljički soparnik/Poljički zeljanik/Poljički uljenjak」の名で保護地理的表示(PGI)に登録されました。3つの名前が並んでいるのは、同じものが地域によって別の呼び名で通っていたからです。作り方そのものも、クロアチアの無形文化財として登録されています。守られているのはレシピではなく、手で縁を閉じて熾火の下で焼くという段取りのほうだ、というのがこの登録の面白いところです。

地元では、ドゥギ・ラトでソパルニクの祭りが開かれ、「ポリツァのソパルニク」という協会がその伝統を守っています。

同じ「炭を上からのせる」発想は、バルカン半島の各地で見つかります。鉄の蓋に熾火を積むコソボのフリヤも、火の置き場所を上に移した仲間です。

日本の台所で焼く

天板1枚ぶん(およそ30×25センチ)の目安です。

  • 生地:中力粉300g、水150ml、塩小さじ1/2、オリーブオイル大さじ2。ひとまとめにして15分休ませます。強力粉しかなければ薄力粉を半量混ぜてください(強力粉がないときのパン作りも参考に)。軟質小麦粉が本来の指定なので、むしろ薄力粉寄りでいいのがこのパンの気楽なところです。
  • :フダンソウ(スイスチャード)400g。手に入らなければ小松菜で。長ねぎまたは万能ねぎ1/2本、パセリひとつかみ、塩小さじ1/2、オリーブオイル大さじ1。
  • 葉の下ごしらえ:洗ったら、本当に乾かします。ざるで水を切るだけでは足りません。ふきんで包んで押さえるところまでやってください。硬い軸は落とし、葉を1センチ幅に刻みます。
  • のばす:生地を2つに分け、それぞれ2〜3ミリの薄さに。厚いと、このパンではなくなります。
  • 詰めて閉じる:下の生地に具を広げますが、縁2センチは必ず空けます。もう1枚をかぶせ、二重の縁をつまみ、ねじりながら押さえて閉じます。
  • 焼く:200℃に予熱したオーブンで20分。表面に濃い焼き斑が出たら焼けています。
  • 仕上げ:焼き上がりを待たせず、すぐに。オリーブオイル大さじ2に、にんにく1片のみじん切りと塩ひとつまみを混ぜたものを、全面に塗ります。
  • 切る:5分おいてからひし形に。

日本の台所ならではの手も、ふたつ。ひとつは、魚焼きグリルで最後の2分だけ上からあぶること。焦げ目のつき方が熾火のそれにいちばん近くなります。もうひとつは、小松菜という選択です。フダンソウの代用として消極的に選ぶ人が多いのですが、小松菜はアクが少なく水も出にくいので、この「生のまま詰める」作り方とはむしろ相性がいい。ほうれん草を使うなら、水気の管理はかなり厳しくなると思ってください。

よくある失敗と、その直し方

  • 底がべちゃっとする:ほぼ確実に、葉の水気です。洗ったあとに乾かす工程を省くと、下の生地が煮えます。塩をふるのも焼く直前に。早く塩を当てると、葉から水が出ます。
  • 縁が開いて具が飛び出す:具を端まで広げすぎています。縁2センチを空け、つまんでからねじる。ねじると生地どうしが噛み合って、はるかに開きにくくなります。
  • のばすと破れる:休ませ不足です。15分は待ってください。油の入った生地なので、休ませさえすれば驚くほど薄くのびます。
  • にんにくが焦げて苦い:焼く前に塗っていませんか。にんにくは焼き上がりに、生のまま。余熱だけで十分に香ります。
  • 味がぼんやりする:塩と油です。材料が4つしかないパンなので、仕上げのオリーブオイルをけちると、ただの薄い皮になってしまいます。

焼けたそばから切って、立ったまま一切れ。薄い皮が歯にあたって、次にフダンソウのしっとりした緑が来て、最後に生にんにくが鼻へ抜けます。700年ぶん受け継がれた段取りにしては、あっけないほど早く食べ終わります。冬の菜っ葉が甘くなる頃に、もう一度焼きたくなるパンです。

参考にした情報源

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