ホームベーカリー(HB)を買ったとき、「材料を入れてボタンを押すだけ」のはずなのに、お店のような背の高いふわふわ食パンにならない——そんな経験はありませんか。きめが詰まる、ミミが硬い、翌朝にはパサつく。同じ機種で同じコースなのに、結果はその日の粉や水でくるくる変わります。
実は食パンの仕上がりは、レシピの「分量」よりも、粉と水という二つの素材が生地の中で何をしているかで決まります。今日は、強力粉のタンパク質と加水率・水温という地味な数字が、ふくらみ・きめ・しっとり感をどう動かすのかをやさしくほどきながら、HBの基本コースだけで一段おいしくする手順までご案内します。難しい道具は要りません。キッチンスケールと温度計、いつものHBがあれば十分です。
強力粉の「タンパク質」がふくらみの正体
食パンに強力粉を使うのには理由があります。強力粉は硬質小麦からつくられ、タンパク質の割合が多い小麦粉です。一般的にタンパク質が11.5%以上のものを強力粉と呼び、製品ごとに10〜14%程度の幅があるとされます(ProFoods)。
このタンパク質(グルテニンとグリアジン)が水と出会って練られると、弾力と粘りを持つ「グルテン」に変わります。グルテンは練るほど多く生まれ、生地に伸びる骨組みをつくります。そしてイーストが出す二酸化炭素を、この骨組みが風船の膜のように抱え込むことで、生地はふっくらと持ち上がるのです(JSFCA、cotta グルテン)。
つまり背の高い食パンを狙うなら、タンパク質の多い強力粉ほど有利、ということ。袋の裏のタンパク質量を一度見てみてください。同じ「強力粉」でも数値は意外と違い、ここを変えるだけで膨らみの上限が変わってきます。
加水率65%が標準。70%にすると何が変わる?
次の主役は水です。パン作りでは粉の重さを100%として水や塩を割合で表す「ベーカーズパーセント」を使い、計算は「(材料の重さ÷小麦粉の重さ)×100」で求めます(cotta 加水率)。水の割合を加水率と呼びます。
食パンの標準は加水率65%前後とされ、きめが均等に伸びてふんわり仕上がるのが特徴です。これを60%まで下げると目が詰まって噛みごたえのある食感に、逆に70%まで上げると気泡が大きくなり、もちもち感が強く出る一方で焼き色がつきにくく冷めるとシワが出やすい、と整理されています(cotta 加水率)。
家庭で最初に試すなら、まずレシピ通り(多くは63〜66%前後)で一本焼き、次に水を5%だけ増やしてみるのがおすすめです。粉280gなら水を14g増やすだけ。たったこれだけで、しっとり感とミミのやわらかさがはっきり変わります。
こね上げ温度と水温——「何度の水を入れるか」
意外と見落とされがちなのが水の温度です。パン生地はこね終わったときの温度(こね上げ温度)でその後の発酵スピードが決まり、機械ごねを含む一般的なパン生地の目安は26〜28℃前後とされています(cotta こね上げ温度)。
こね上げ温度が高すぎると発酵が暴走し、きめが粗く過発酵気味でパサつき、イースト臭が出ることが比較実験で示されています(cotta こね上げ温度)。これを狙った温度に着地させるための調整役が仕込み水で、目安の計算式は「3×(こね上げ温度−摩擦係数)−粉温−室温=仕込み水温」。HBのような機械ごねでは摩擦係数を6〜10℃ほどで見積もります(naokibread 仕込み水温)。
難しく感じても大丈夫。要は「夏は冷たい水、冬はぬるめの水」。ただしイーストは45℃を超えると弱るため、仕込み水は45℃以下に抑えるのが鉄則です(naokibread 仕込み水温)。夏場に冷蔵庫から出した粉と冷水を使うだけでも、過発酵によるしぼみはぐっと減ります。
「しっとりが続く」湯種・タングツォンのしくみ
翌日も柔らかい食パンの秘密が、湯種(ゆだね)やタングツォン(湯種の中華圏での呼び名)と呼ばれる製法です。配合の粉の一部に熱湯を加えて練り、デンプンを糊化(α化)させてから本ごねに混ぜ込みます。糊化したデンプンは水を抱え込む力が高まり、焼き上がりがしっとりもちもちになり、時間がたっても硬くなりにくいとされています(cotta 湯種、naokibread 湯種)。
小麦のデンプンはおよそ80℃以上で糊化が進むため、湯種には沸騰したての熱湯を手早く混ぜるのがコツとされています(naokibread 湯種)。HBでも、前夜に湯種だけ作って冷蔵し、翌朝それを残りの材料と一緒にパンケースへ入れて基本コースを回せば、専用コースがなくても湯種食パンに近づけられます。
日本の家庭での活かし方
ここまでの「タンパク質・加水・水温・糊化」を全部のせした、HBの基本(食パン)コースで焼ける一斤レシピです。湯種を前夜に仕込むだけで、特別な道具は要りません。
材料(1斤・加水率およそ68%)
- 強力粉(タンパク質12%前後)……250g(うち30gは湯種用)
- 熱湯(湯種用)……30g
- 水または牛乳(本ごね用)……140g(夏は冷水、冬は20℃前後)
- 砂糖……18g
- 塩……4.5g
- バターまたは無塩マーガリン……15g
- ドライイースト……3g
牛乳に置き換えるとミルク食パン風のコクが出ます。手元に強力粉が足りなければ、強力粉に少量の薄力粉を混ぜると加減できますが、ふくらみは弱まるので分量は控えめに。
作り方
- 【前夜】ボウルに湯種用の強力粉30gを入れ、熱湯30gを一気に注いで箸で手早く混ぜる。ひとまとまりになったらラップで密着包みし、粗熱が取れたら冷蔵庫で一晩休ませる。
- 【当日】冷蔵庫から湯種を出し、ちぎってパンケースへ。本ごね用の水(または牛乳)、砂糖、塩、バターを加える。夏は冷水、冬は人肌以下のぬるま湯にし、必ず45℃以下にする。
- 残りの強力粉220gを上から加え、くぼみを作ってドライイーストを入れる(イーストが水や塩に直接触れないように)。
- HBの基本(食パン)コース・焼き色「ふつう」でスタート。室温が高い真夏は、可能なら早焼きや天然酵母以外の標準コースで様子を見る。
- 焼き上がったらすぐにパンケースから出し、網にのせて立てかけて冷ます。横置きのまま放置するとミミがしんなりするので、粗熱はしっかり抜く。
- 完全に冷めてから切ると、きめがつぶれず断面がきれいに。当日食べない分は一枚ずつラップして冷凍すると、しっとり感を保てる。
うまく膨らまない日は、まず水温と室温を疑ってみてください。夏の過発酵には冷水、冬の発酵不足にはぬるま湯。粉と水という二つのつまみを少しずつ回すだけで、同じHBがまるで別物の働きをしてくれます。
まとめ
食パンのふくらみは、強力粉のタンパク質が水と練られて生まれるグルテンが、発酵ガスを抱え込むことで生まれます。加水率は65%前後が標準で、上げればもちもち、下げれば噛みごたえと、水の割合で食感を狙えます。仕上がりを左右するこね上げ温度は26〜28℃が目安で、その調整役が仕込み水(45℃以下)。さらに湯種でデンプンを糊化させれば、冷めてもしっとりが続きます。難しい数式より、まずは「水を5%増やす」「夏は冷水を使う」の二つから。いつものHBが、明日からひとつ上の一斤を焼いてくれるはずです。
