前の晩に、ボウルをひとつだけ仕込んでおく。ポーリッシュも湯種も、そこまでは同じ手順です。
ところが翌朝ふたを開けると、片方は泡だらけでかすかにお酒のような香りを立てていて、もう片方は白い餅のかたまりのまま静まりかえっている。同じ「前日仕込み」に見えて、ボウルの中で起きていることは正反対なのです。この記事では、ポーリッシュと湯種のどちらを選べばいいのか、焼きたいパンから逆算する判断基準を紹介します。
前夜に仕込む点は同じでも、中で起きていることは正反対
ポーリッシュは発酵の種です。粉と水を同じ重さで混ぜ、ごく少量のイーストを加えて置いておく。ひと晩かけて酵母と乳酸菌が働き、有機酸やエステルといった香りのもとを種の中に残していきます。翌朝の泡と匂いは、その働きが済んだ証拠です。
湯種は糊化の種です。粉に沸かしたての熱湯を注いで練る。イーストは入れません。小麦のデンプンは65℃を超えたあたりから水を吸ってふくらみ、糊状に変わります。冷たい水ではびくともしない粉が、熱湯だけで大量の水を抱え込む。翌朝の白い塊は、発酵しそこねたのではなく、水を抱えたまま眠っているのです。
分かれ道はここひとつです。香りが欲しいのか、水を抱えたいのか。発酵種の側のしくみは中種法(ポーリッシュ・ビガ)の科学に、糊化の側は湯種製法の基本にまとめてあります。ここではその先、選び方だけを見ていきます。
ポーリッシュが得意なのは、軽さと香り
ポーリッシュの仕込みはいたって単純です。
- 粉と水は同量(加水100%)で、とろりとゆるい液状にする
- イーストは種に使う粉の0.25〜1%ほど。ごく少量でいい
- 室温で12〜18時間。室温2時間のあと冷蔵で12〜15時間、という進め方もある
- 種に回す粉は全体の25〜50%。日本の解説では20〜40%、実例では30%前後が多い
時間をかけてゆっくり進むあいだに生まれる有機酸は、香りだけでなく生地の伸びやすさにも効きます。よく伸びる生地は、焼成のひと押しで気泡がぐんと開く。切ったときに大小ふぞろいの穴が並び、クラストがぱりっと鳴る。あの軽さは、湯種では出せない種類のものです。バゲット、カンパーニュ、チャバタ、ピザ生地。クラストを噛みたいパンは、だいたいポーリッシュの領分だと思っていいでしょう。
湯種が得意なのは、もっちりと日持ち
湯種のほうは、抱え込んだ水がそのまま個性になります。
- 粉と熱湯は同量(1対1)。鍋にかけず、沸かしたてを一気に注いで練る
- 粗熱を取ったら冷蔵で4時間以上、できればひと晩休ませる
- 種に回す粉は全体の15〜20%が標準。多くても30%まで
- 台湾式のタンヂョンは粉1に対して水4〜5とゆるく、全粉の4〜10%とごく少量で使う
糊化したデンプンがつかまえた水は、焼いたあともパンの中に残ります。だから翌日もやわらかい。デンプンの老化が遅れるぶん、日持ちも伸びます。ちぎったときのあの引き、噛んだときの弾力は、水を抱えた種だけが出せる食感です。
ただし、いいことばかりではありません。熱湯はデンプンを糊にする一方で、グルテンのもとになるたんぱく質の力を奪います。湯種の割合が増えるほど生地は伸びにくくなり、膨らみは鈍る。40%を超えると目の詰まった重いパンになりやすい、と指摘する作り手もいます。「もちもちが欲しいから多めに」は、たいてい裏目に出るのです。
| くらべる点 | ポーリッシュ | 湯種 |
|---|---|---|
| 中で起きること | 発酵(酵母と菌が働く) | 糊化(デンプンが水を抱く) |
| 粉と水 | 同量・常温の水でゆるく | 同量・沸かしたての熱湯で練る |
| 種に回す粉 | 全体の25〜50% | 全体の15〜20%(最大30%) |
| 置き方 | 室温で12〜18時間 | 冷蔵で4時間〜ひと晩 |
| 出てくる個性 | 軽さ・開いた気泡・香り | もっちり・保水・日持ち |
| 向くパン | バゲット、カンパーニュ、ピザ | 食パン、バターロール、菓子パン |
どちらを使うか、焼きたいパンから逆算する
迷ったときは、そのパンで自分がどこを味わっているかを思い出してみてください。判断はだいたいこれで足ります。
- クラストを噛みたいパン(バゲット、カンパーニュ、チャバタ、ピザ)ならポーリッシュ
- クラムをちぎりたいパン(食パン、バターロール、菓子パン)なら湯種
- 焼きたてをその日に食べきるなら、香りの立つポーリッシュが映える
- 翌日、翌々日まで食べるなら、湯種の保水が効いてくる
- 香りに物足りなさを感じているならポーリッシュ
- 口の中でぱさつくのが不満なら湯種
同じ食パンでも、耳のぱりっとした軽さを狙うならポーリッシュという選択はあります。逆に、もちもちのバゲットというのは、そもそも目指す形がねじれています。パンの正体をどこに置くかで、種は自然と決まります。
両方を使いたくなったときの、ぶつからない配分
「香りも欲しいし、もちもちもしたい」。当然の欲です。実際、湯種と発酵種を併用するレシピもあります。そのときの目安は、湯種10〜15%、発酵種10〜15%。どちらかを標準どおりに入れると粉も水も過剰になるので、両方を控えめにして釣り合わせます。
併用でいちばん多い事故は、水の引き算忘れです。ポーリッシュの水も湯種の熱湯も、レシピの総水量の内側から出すもの。上乗せすると、手に負えないほどべたつく生地になります。仕込みの順番は、湯種を前夜に冷蔵へ、ポーリッシュは室温に置いて、翌朝の本ごねで合流させると無理がありません。
つまずきやすい場所と、その直し方
- ポーリッシュの表面が落ちてしぼんでいた。発酵の行きすぎです。使えますが酸味が立ちます。次はイーストを減らすか、置き場所を涼しくして時間を稼ぐ
- 湯種を入れたら急に膨らまなくなった。割合が多すぎです。まず20%前後まで戻す
- 湯種がだまになって粉っぽい。熱湯の温度が足りていません。ボウルを温め、沸かしたてを一度に注ぐ
- 併用したら生地がべたべたで手に負えない。種の粉と水を総量から引いていない可能性が大。配合を計算し直す
- ポーリッシュのパンに香りが出ない。種が少ないか置き時間が短い。粉の25%前後・室温12時間から試す
前夜にかかる手間は、どちらも5分ほどで変わりません。変わるのは、その5分でどちらの扉を開けるか。今夜は、明日食べたいパンのほうから決めてみてください。
参考情報源
- ChainBaker:湯種とタンヂョンの比率と糊化温度、全粉に対する割合
- BAKE WITH PAWS:ポーリッシュ・ビガ・湯種・タンヂョンの配合と発酵時間の一覧
- The Perfect Loaf:糊化の温度と、種に回す粉の推奨範囲
- cotta:ポーリッシュ法の配合例とイースト量、発酵の進め方
- 完全感覚ベイカー:湯種の割合が膨らみに与える影響と、推奨される割合
