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イタリア・サルデーニャのパーネ・カラザウ(Pane Carasau)— 羊飼いが数ヶ月の山を生き抜いた、パリンと鳴る「楽譜の紙」

2026年08月01日 読了時間 約9分
サルデーニャの極薄パン、パーネ・カラザウ。木の板の上に重ねられている

地中海に浮かぶイタリア・サルデーニャ島。石だらけの山道を行く羊飼いの袋の中で、パリン、と乾いた音を立てるパンがありました。パーネ・カラザウ——「カルタ・ダ・ムジカ(楽譜の紙)」の異名を持つ、向こうが透けるほど薄い二度焼きパンです。乾いた状態なら一年ほどもつとされ、群れとともに数ヶ月山にこもる羊飼いたちを支えてきました。

この記事では、名前の由来と歴史、風船のように膨らませて二枚に剥がす独特の製法、家庭オーブンでの配合と手順、そして水で戻して重ねる郷土料理パーネ・フラッタウまでを、参考記事を読み解きながら紹介します。

「楽譜の紙」と呼ばれる理由

イタリア本土では、このパンはしばしば「カルタ・ダ・ムジカ=楽譜の紙」と呼ばれます。由来には言い分がふたつ。生地が薄すぎて、透かせば楽譜が読めるほどだからという説と、割って噛むときのパリパリという乾いた音からという説です。どちらが先かは諸説のまま。ただ、実物を手にすると、薄さにも音にもうなずくことになります。

一方、地元での名「カラザウ」は、サルデーニャ語のカラザーレ(carasare=炙る、トーストする)から。仕上げの二度目の焼き工程は「カラザドゥーラ」と呼ばれ、これがそのままパンの名になりました。つまりこのパンの本体は、二度目の「炙り」にあるわけです。

紀元前から、羊飼いの数ヶ月を支えた保存食

生まれ故郷は、島の内陸ヌーオロ県の山岳地帯バルバージャ。先史時代の石造建築ヌラーゲの発掘調査でパンの痕跡が見つかっており、紀元前1000年より前にはすでに島で食べられていたとされます。

これを島の主役に押し上げたのは、移牧の羊飼いたちでした。季節ごとに群れを連れて山と平地を行き来し、家を数ヶ月空ける暮らし。水分をほとんど含まないカラザウは軽く、かさばらず、乾いたまま保てば一年ほどもつとされます。まさに山の携行食。かつては各家庭がまとめて大量に焼きだめする習慣があり、島でいちばん標高の高い町フォンニは、いまも本場として知られています。

食べ方はふた通り。乾いたままパリパリ割ってかじるか、水やワイン、ソースで湿らせてしんなり戻すか。オリーブオイルを垂らして塩をふり、軽く炙り直す「パーネ・グッティアウ(滴らせたパン)」という定番の楽しみ方もあります。サルデーニャは百寿者の多い「ブルーゾーン」のひとつに数えられる島。その長寿の食卓の隅に、いつもこの薄いパンがいます。

二度焼きの仕組み——膨らませ、剥がし、もう一度焼く

作り方の骨格は、何世紀もほぼ変わっていないと言われます。材料は再挽きのデュラム小麦セモリナ、水、塩、酵母だけ。工程は大きく四つです。

  • 発酵:セモリナの生地をこね、ゆっくり休ませる
  • 一度目の焼き:高温の窯に薄い円盤を入れる。内部の水分が一気に蒸気になり、風船のようにまん丸に膨らむ
  • 剥がす:熱いうちに縁へ刃を入れ、上下二枚の薄いシートに分ける
  • 二度目の焼き(カラザドゥーラ):剥がした面を上にして再び窯へ。完全に乾かし、淡いきつね色のパリパリに仕上げる

一枚の生地から、さらに薄い二枚が生まれる。この「剥がし」の一手間があるから、カラザウは紙の領域まで薄くなれます。膨らむ原理はピタパンと同じ。薄焼きパンの仲間であるアルメニアのラヴァシュもそうだったように、薄いパンの合言葉はいつだって「高温×短時間」です。

家庭オーブンでの配合と手順

窯がなくても、ピザストーンか厚手の天板があれば挑戦できます。以下は参考レシピ(8枚分・剥がして16枚)の配合です。

  • 材料:セモリナ粉250g、中力粉または強力粉250g、水250g、塩12g、インスタントドライイースト1g
  • こねる:10〜15分。加水50%の、みっちり重い生地です
  • 一次発酵:1〜2時間、倍にふくらむまで
  • 分割:8等分して丸め、15分休ませる
  • のばす:打ち粉をして、厚さ2〜3mmの円形に。とにかく均一に
  • 予熱:ストーンか天板を庫内に入れ、最高温度(参考レシピは260℃)で30分以上
  • 一度目の焼き:生地をすべらせて2〜3分。風船になったら取り出す
  • 剥がす:熱いうちに波刃ナイフで縁から二枚へ。噴き出す蒸気に注意
  • 二度目の焼き:片面1〜2分ずつ、薄く色づいて完全に乾くまで
  • 保存:しっかり冷ましてから密閉容器へ

ほんのり黄色いセモリナの生地が、オーブンの中でふうっと持ち上がる瞬間は、何度見ても小さな事件です。うまくいった一枚を割ると、麦の香ばしさがふわりと立ちます。

よくある失敗と、その直し方

  • 膨らまない → 生地が厚いか、厚さにムラがあるか、庫内が熱くないか。2〜3mmを守って均一にのばし、ストーンは最高温度で30分以上予熱を
  • 一部しか膨らまない → 折りジワや小さな穴から蒸気が逃げています。生地を折り返さず、中心から縁まで同じ厚さに
  • 剥がすときに破れる → 冷めてからでは剥がれません。焼きたての熱いうちに、布巾で押さえて波刃ナイフで。やけどに注意
  • 二度焼きで焦げる → 薄いぶん、色は秒単位で進みます。オーブンの前を離れず、色づいたらすぐ出す
  • パリッとせず、しなしな → 二度目の焼きで乾き切っていないか、保存中の湿気。低温でもう一度焼き直せば復活します

日本の台所への翻訳

  • セモリナ粉の入手:パスタ用の「デュラムセモリナ粉」が製菓材料店やネット通販で手に入ります。細挽き(再挽き=リマチナータ)だと生地がまとまりやすく、参考レシピのように普通の小麦粉と半々で十分です
  • オーブンの上限温度:日本の家庭機は250℃上限が主流。260℃に届かなくても、ストーンや天板を長めに予熱して一枚ずつ焼けば膨らみます。ピタパンが家庭のオーブンでぷっくり膨らむのと同じ原理——薄く均一な生地と強い熱さえあれば、蒸気はちゃんと仕事をしてくれます
  • 最初の食べ方:まずはオリーブオイルと塩でグッティアウ風に。トースターで数十秒炙るだけで、麦の香りが立ちのぼります

水で戻して重ねる「パーネ・フラッタウ」

各地で別の顔を見せるフォカッチャのように、イタリアのパンは土地の暮らしとひとつづきです。カラザウのそれを一皿にしたのが、島の中部に伝わる郷土料理パーネ・フラッタウ。フラッタウは「砕けた」の意とも言われ(これも諸説あります)、割れたり古くなったりしたパンを使い切る倹約料理と伝わります。

  • 温めた野菜のブイヨンにカラザウを数秒くぐらせ、しんなりさせる
  • 皿にのせ、トマトソースとおろしたペコリーノ(羊乳チーズ)を重ねる
  • これを一人あたり3枚、ラザニアのように積み上げる
  • てっぺんにポーチドエッグ(約4分ゆで)をのせて完成

参考レシピの分量は4人分で、カラザウ12枚、パッサータ(トマトピューレ)800g、ブイヨン500ml、卵4個。ナイフを入れると半熟の黄身がとろりと流れ、スープを吸った層は、パンでもパスタでもない独特のやわらかさに変わります。羊飼いのパンに、羊のミルクのチーズ。乾物として一年生きるパンが、水に触れた瞬間だけごちそうに戻る——保存食の哲学が、そのまま料理になっています。

割る音から、はじまる

最初の一枚は、まず乾いたまま。両手で持って、パリンと割ってみてください。その音を聞いた瞬間、このパンに「楽譜の紙」と名付けた人たちと同じ場所に立てます。焼きだめた数枚が台所の缶に眠っている——それは思いのほか心強い状態です。何週間か先のある晩、くたびれて帰った日にその一枚をスープに浸すとき、サルデーニャの山を歩いた羊飼いたちのことを、少しだけ思い出すはずです。

参考情報源

  • Wikipedia (English) https://en.wikipedia.org/wiki/Pane_carasau
  • Italia.it(イタリア政府観光公式サイト) https://www.italia.it/en/sardinia/things-to-do/history-of-the-typical-sardinian-carasau-bread
  • La Cucina Italiana https://www.lacucinaitaliana.com/trends/healthy-food/blue-zones-recipe-pane-carasau-the-sardinian-flatbread
  • Natasha’s Baking https://natashasbaking.com/pane-carasau-sardinian-flatbread/
  • Great Italian Chefs https://www.greatitalianchefs.com/recipes/pane-frattau-recipe
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