朝もやのキャンプ場。小さなアルミの箱から、ふわりとパンの焼ける匂いが立ちのぼる——炊飯の道具だと思っていたメスティンは、実は蓋つきの「小さなオーブン」でもあります。固形燃料をひとつ灯すだけで、外の空気の中で焼きたてのちぎりパンがちぎれる。日本のキャンプ場でずいぶん定番になった、あの光景です。
メスティンとは、アルミ製の飯ごう型クッカーのこと。熱伝導のいいアルミの箱に蓋をかぶせれば、中に熱がこもって蒸し焼きになる。この仕組みが、パンと相性抜群なのです。この記事では、前の晩に家で済ませる仕込み、固形燃料での火加減、クッキングシートの敷き方、そして焦げと生焼けのかわし方までを、実際にメスティンでパンを焼いている人たちの記事を読み解きながら紹介します。
段取りの主役は「前の晩」
キャンプ場でゼロからパンをこねるのは、正直あわただしい。だから経験者たちは口をそろえて、生地は家で仕込んで、現地では焼くだけにしています。
たとえばBRAVO MOUNTAINの連載では、出発前日に自宅で仕込み、ビニール袋ひとつで生地を作る方法が紹介されています。袋に強力粉を入れ、ぬるま湯を注いで、袋の上から揉むだけ。ボウルも台も汚れず、手も粉だらけになりません。CAMP QUESTSのレシピはさらに念入りで、成形まで済ませた生地をクッキングシートごとメスティンに収め、ラップと袋で包んで冷蔵庫へ。ひと晩(12〜20時間)の低温発酵にあずけてしまいます。
- 配合の目安(メスティン1台分):強力粉150g、砂糖12g、塩1.5g、ドライイースト1.5g、牛乳60mlと卵1/2個、バター30g(ソトレシピの基本パンの配合)
- 家でやること:こねる→一次発酵(約40分、2倍まで)→ガス抜き→丸めて成形
- 冷蔵発酵派なら:成形した生地をメスティンに詰めてラップ、袋に包んで冷蔵庫でひと晩
- 持ち運び:冷えた生地をタオルと袋で包んでリュックへ。夏場や到着が遅い日は保冷剤を
移動のあいだも、生地の中では発酵がゆっくり進んでいます。テントを張り終えるころ、生地はちょうどふっくら。仕事は時間にまかせて、あなたは運転していればいいのです。
クッキングシートは「長め」に切る
現地に着いたら、まず火にかける前の準備をひとつ。メスティンの内側にクッキングシートを敷きます。アルミの箱に生地が直接ふれると、そこからくっつき、焦げつきます。シートは仕切りであり、あとで丸ごと引き上げる「持ち手」でもあります。
コツは、メスティンの底に合わせて型紙をとり、長辺だけ少し長めに切ること。CAMP QUESTSでは「蓋の部分が全て隠れる長さ」に切って折り込んでいました。はみ出した部分が生地の上までかぶさって、蓋への焦げつきも防いでくれます。さらに念を入れるなら、蓋の内側にもアルミホイルをひと敷き。
固形燃料ひとつで、どう焼くか
火元は、固形燃料とポケットストーブ。手のひらサイズの折りたたみ五徳に燃料を載せて灯すだけの、いちばん小さな台所です。BE-PALの実測では、エスビットの固形燃料は1個14gで12分ほど燃え、一般に15g程度の燃料1〜2個で1合の炊飯ができるとされています。
パンの場合は、炊飯より少し長丁場。CAMP QUESTSの実践では、100円ショップ(セリア)の30g固形燃料を使って、こう焼いていました。
- 表向きで9分:蓋をして、下面から蒸し焼きに
- 裏返して9分:メスティンごと上下をひっくり返し、反対面を焼く
- 横向きで各1分:最後に側面も立てて焼き、計20分
- 火加減はとろ火〜弱火:燃料まかせでも、バーナーパッドを一枚はさむと熱がやわらぐ
- 風の日は燃料を多めに:BE-PALの実験では、風の強い日に燃料を計3個使う場面も
メスティンの焼き方でいちばん独特なのが、この「箱ごと裏返す」動きです。オーブンと違って熱源が下にしかないから、上面は自分で下に持っていくしかない。軍手をはめて、えいっと返す。この瞬間がいちばんキャンプらしくて、ちょっと楽しい。ソトレシピの基本パンでも「上下左右を弱火で各5分程度」、どこかの面が焦げてきたら別の面に火をまわす、という同じ思想で焼いています。
ちぎりパンにすると、火が通りやすい
メスティンで焼くパンは、大きなひと塊より、小さく丸めて並べる「ちぎりパン」が向いています。理由は単純で、生地が小さいほど、中心までの距離が短いから。固形燃料の火力はやさしく、大きな塊の芯まで熱を届かせるには心もとない。でも40〜50gの小さな玉なら、20分の蒸し焼きで中まで届きます。
丸めた生地をメスティンにきっちり並べると、発酵でふくらんだ生地同士が押しあって、あの角の立たない、ぽこぽこしたちぎりパンの顔になります。焼き上がりをシートごと引き上げ、湯気の立つ一玉をちぎる。外の空気の中でちぎるパンは、それだけでごちそうです。
よくある失敗と、その直し方
はじめての一台は、たいてい底が黒くなるか、真ん中が生っぽいか、どちらかです。つまずきどころは決まっています。
- 底が焦げた → 火が近すぎるか、当たりが強い。バーナーパッドをはさむ、後半はメスティンを火の中心から少しずらす。焦げても慌てずに——焦げた面だけ外せば、中はちゃんとおいしい
- 中が生焼け → 竹串やつまようじを刺して、生地がべたっとつくならまだ早い。蓋をして追加でもうひと焼き。次からは生地玉をもうひと回り小さく
- 生地がふくらんでいない → 冷えたまま焼き始めたのかも。焼く前に、日なたでしばらく生地を温めて二次発酵の続きを
- 蓋に生地がくっついた → シートの折り込み不足。次は長辺を長めに切って、蓋の下までかぶせる
ダッチオーブンのような貫禄はないけれど、メスティンには「失敗しても小さい」という気楽さがあります。一台分の生地なんて強力粉150g。翌朝もう一度挑戦すればいいのです。
小さな箱から、はじめよう
本格的な焚き火のパン焼きに進みたくなったら、ダッチオーブンでのパン焼きガイドが次の一歩です。生地の仕込みや道具まわりをもっと知りたい人は、キャンプで焼きたてパンを楽しむ道具の話もどうぞ。
でも最初の一台は、メスティンで十分。前の晩に袋の中で生地を仕込み、朝のサイトで固形燃料に火をつける。青い炎が静かに揺れる12分、コーヒーを淹れて待つ。箱を返して、また待つ。蓋を開けた瞬間の湯気と匂いは、家のオーブンのそれと同じで、でも空の下だとなぜか三割増しにうれしい。今週末、リュックの隅にあの銀色の箱をひとつ、忍ばせてみませんか。
