イーストを買わなくても、小麦粉と水だけで、パンをふくらませる力を持った「種」を育てられる——それがサワードウスターター(sourdough starter)です。空気や粉に住む野生の酵母と乳酸菌を、粉と水で少しずつ培養していく。手間はかかりますが、特別な材料は要りません。育て上げれば、独特の酸味と香り、深い風味のパンが焼けるようになります。
このコラムでは、サワードウスターターとは何か、1日ごとの立ち上げ手順、そこで働く微生物の科学、そして焼き続けるための維持の方法までを、出典を確認しながら整理します。
サワードウスターターとは何か
サワードウスターターは、小麦粉と水を混ぜて発酵させ、野生の酵母と乳酸菌(LAB)を培養したものです。市販のイーストの代わりに、この種が生地をふくらませ、同時に酸味や風味をもたらします。
混ぜて置いておくだけで、なぜ発酵が始まるのか。それは、粉そのものや空気中に、酵母や乳酸菌がもともと存在しているからです。粉と水という「えさと住みか」を定期的に与えることで、これらの微生物が増え、やがて生地を持ち上げるほどの力を持つようになります。元気なスターターは、えさをあげると6〜8時間ほどで体積が倍くらいにふくらみ、表面が泡立ち、爽やかな酸味の香りがします。
図:サワードウスターターの正体
1日ごとの立ち上げ手順
ゼロからスターターを起こすには、だいたい5〜14日ほどかかります。日によって進み方が違うので、日数はあくまで目安として、見た目とにおいで判断します(King Arthur Baking、The Perfect Loaf)。
- 1日目:全粒粉またはライ麦50gと、水50gを混ぜる。約21℃のところに24時間置く。
- 2日目:50gだけ残して残りは捨て(ディスカード)、そこに中力粉(または準強力粉)50gと水50gを加えて混ぜる。
- 3〜5日目:1日2回(約12時間おき)、同じように「一部を残してえさをやる」を繰り返す。だんだん泡が増え、ふくらみ、酸っぱい香りが立ってくる。
- 完成の目安:えさをやってから6〜8時間で倍にふくらみ、泡立って、爽やかな酸味の香りがすれば、パン作りに使える状態です。
「捨てる(ディスカード)」工程に戸惑うかもしれませんが、これは微生物の数と、えさ(粉)の量のバランスを保つために欠かせません。捨てずに足し続けると量が増えすぎ、えさが足りなくなって元気が出にくくなります。
図:立ち上げの流れ(目安)
微生物の科学
スターターの中では、主に2種類の微生物が共に暮らしています。野生の酵母と乳酸菌(LAB:lactic acid bacteria)です。酵母は糖を食べて二酸化炭素を出し、これが生地をふくらませます。乳酸菌は乳酸や酢酸といった酸を作り、これがサワードウ独特の酸味と、保存性、風味を生みます。
研究では、サワードウには20種類を超える酵母と、50種類を超える乳酸菌が見つかると報告されています。よく「酵母と乳酸菌の比率はおおよそ1対100」などと語られますが、これは固定の値ではなく、粉・温度・地域・育て方によって変わるものです(ASM(American Society for Microbiology))。「この菌が必ず主役」「土地ごとに味が決まる」といった話も見かけますが、断定はできないため、ここでは「環境によって構成が変わる、生きた生態系」と捉えておきます。
なお、よく出てくる「100%加水(ハイドレーション)」という言葉は、粉と水を同じ重さで混ぜている状態を指します。先ほどの「50gの粉+50gの水」がまさに100%加水です。
図:スターターの中の2つの主役
維持の方法
一度起こしたスターターは、えさをやり続けることで何年も生きます。維持の基本は「残した種:粉:水=1:1:1」でえさをやることです。
頻繁にパンを焼く人は、常温(約24℃前後)に置いて1日1回ほどえさをやると、いつでも使える状態を保てます。たまにしか焼かない人は、冷蔵庫に入れて週1回ほどのえさやりに減らせます。使う前日に常温に戻してえさをやり、元気を取り戻してから使います。
表面に茶色い液体(hooch=ホーチ)がたまることがありますが、これは「お腹がすいた」サイン。混ぜ込むか捨ててから、えさをやれば元気を取り戻します。一方で、ピンクやオレンジ色の変色、ふわふわしたカビが出た場合は、雑菌に汚染されたサインなので、もったいなくても処分して、起こし直してください。
日本の家庭での活かし方
日本の住環境でも、ポイントを押さえればスターターは元気に育ちます。
- 起こし始めは全粒粉かライ麦で:これらの粉は微生物が多く、立ち上がりが安定しやすいので、最初の数日に使うのがおすすめです。維持は中力粉・準強力粉・薄力粉でも続けられます。
- 温度を味方につける:日本のキッチンは冬は冷えがち。微生物が活発になりやすいのは26〜29℃あたりなので、寒い時期はオーブンの発酵機能(低温)や、暖かい場所を活用すると進みやすくなります。
- 水道水はひと工夫:カルキ(塩素)が気になる場合は、くみ置きや浄水を使うと微生物に優しい環境になります。
- 異常を見たら無理しない:ピンク・オレンジの変色やカビが出たら、迷わず処分して起こし直すのが安全です。
🍞 サワードウスターター・チェック 🍞 起こし始めは全粒粉かライ麦 🍞 1:1:1(種:粉:水)でえさやり 🍞 よく焼くなら常温、たまになら冷蔵 🍞 茶色い液体(hooch)は空腹サイン→混ぜて補食 🍞 ピンク・オレンジ・カビは処分して起こし直す
サワードウスターターを育てることは、「生きものを世話する」体験そのものです。最初の数日は変化が見えず不安になりますが、ある日ぷくっとふくらんだ姿を見ると、ぐっと愛着がわきます。粉と水と、少しの根気だけで始められます。気長に、毎日のえさやりを楽しんでみてください。
