パン作り

老麺法(パート・フェルメンテ)|昨日の生地ひとかけが、明日のパンを深くする

2026年07月21日 読了時間 約8分
ボウルの中でふっくら発酵した生地

パンを焼く日の朝、冷蔵庫からラップに包んだ小さな生地玉をひとつ取り出す。昨日のパンの残りの生地——たったこれだけのものが、今日のパンの香りをひと回り深くしてくれます。この「前日の生地をひとかけ取っておき、翌日の生地に混ぜ込む」製法が、老麺法(ろうめんほう)。フランス語ではパート・フェルメンテ(pâte fermentée=発酵した生地)と呼ばれます。この記事では、老麺の正体とポーリッシュ・ビガとの違い、加える量の目安、冷蔵での保存日数、そして中華まんとの意外なつながりまでを、参考記事を読み解きながら紹介します。

老麺の正体は「塩まで入った、完成品の生地」

発酵種というと、ポーリッシュやビガを思い浮かべる方も多いはず。あちらは基本的に「粉・水・酵母だけ」で仕込む、パンになる前の中間素材です。種だけを食べても、おいしいものではありません。

老麺は違います。塩も入った、そのまま焼けば一本のパンになる完成品の生地。実際、日本のパン職人の解説でも「老麺はそのまま焼いても十分おいしい」のに対し、中種は粉・酵母・水のみでそのままではパンにならない、と区別されています。ここが老麺法のいちばんの個性です。

だから、仕込みに特別な作業がほとんどいりません。海外のパン研究家ChainBakerさんは「本ごねの生地から最初にひとかけつまみ取っておくだけ。ポーリッシュやビガのように別立てで仕込む手間がない」と、この気楽さを老麺の最大の魅力に挙げています。今日パンを焼くなら、丸める前の生地から小さくちぎって冷蔵庫へ。それだけで、次のパンの支度が済んでしまうのです。

ルーツは中華まん?「老麺」という名前の来歴

「老麺」という字面、どこか中華風だと思いませんか。それもそのはず、この製法は中国生まれとされています。「老」は時を経たこと、「麺」は生地のこと。中国の饅頭(マントウ)や中華まんの世界では、店ごとに代々受け継いだ発酵生地を新しい生地に混ぜて膨らませてきた歴史があり、日本へは遣唐使を通じて伝わったという説もあります。もともとはイーストのない時代の、天然酵母の継ぎ方だったわけです。

一方、フランスでも同じ発想がパート・フェルメンテとして根づいている。昨日の生地を明日へつなぐという知恵に、東西の区別はなかったようです。中華まんの皮のあの引きの強いもちもち感と、フランスパンの深い香り。遠く離れたふたつのおいしさの根っこに、同じ「ひとかけ」があると思うと、なんだか愉快です。

何が変わる?——香り、しっとり感、そして生地のコシ

老麺を混ぜた生地は、ひと晩かけてゆっくり発酵した部分をあらかじめ抱えています。冷蔵庫の中ではイーストの働きが緩やかになり、代わりに乳酸菌などが風味のもとになる有機酸をこつこつ作ってくれる。焼き上がりを割ったときの、あのふわっと立つ発酵の香りが、ストレート法よりも確かに深くなります。

効果は香りだけではありません。参考記事で挙げられていた変化を並べると——

  • 風味・香りの向上:ひと晩の熟成で生まれた有機酸が、クラム(中身)の香りを豊かにする
  • しっとりが長持ち:生地の保水性が高まり、翌日のパサつき(老化)が遅くなる。家庭のパンにはとくにうれしい点
  • コシの強い生地になる:熟成中にグルテンの酸化が進むため、生地に張りが出る
  • こね時間が短くて済む:すでに発酵を経た生地が入るぶん、生地作りが早くまとまる

ひとつ正直に書いておくと、職人の比較検証では「クラムの香りは香ばしくなる一方、クラスト(皮)の香りはやや弱まる」という指摘もありました。万能の魔法ではなく、中身の風味としっとり感に効く製法、と捉えるのがよさそうです。

やり方:ひとかけ取るか、老麺だけ仕込むか

老麺の用意には二つの道があります。どちらでも効果は同じです。

  • 取り分け方式:パンを焼く日に、一次発酵前の生地から80〜100gほどちぎり、ラップでぴっちり包んで冷蔵庫へ。次に焼く日まで待つだけ
  • 専用仕込み方式:老麺だけを仕込む場合の配合例は、強力粉200g・水130g(対粉65%)・塩4g・イースト1g。室温25〜28度で2〜3時間発酵させてから、冷蔵庫でひと晩熟成させる

そして翌日以降、新しい生地に混ぜ込みます。量の目安は——

  • 加える量は対粉20〜30%が目安。粉200gの生地なら、老麺40〜60g。解説によって「20%程度が一般的」「全体の10〜40%の幅で使う」と多少の揺れはあるものの、まずは20%から始めるのが安心です
  • 混ぜるタイミングは本ごねの最初から。老麺を小さくちぎって粉や水と一緒に入れ、しっかりこねて均一にします
  • 冷蔵保存は3〜5日が、おいしく使える目安。1週間以上は避けたいところです。ちなみにChainBakerさんはリーンな(バターや卵の入らない)老麺なら冷蔵2週間でも使えたと報告していますが、卵やバター入りのリッチな生地は5日程度が限度としています。家庭では「今週中に使い切る」くらいの気持ちがちょうどいいでしょう

土曜にパンを焼いたら、ひとかけ冷蔵庫へ。水曜あたりにもう一度焼く——そんな一週間のリズムが、老麺法にはよく似合います🍞

よくある失敗と、その直し方

老麺法はおおらかな製法ですが、つまずきどころはあります。どれも「あるある」です。

  • 生地がベタつく → 老麺のぶん水分が増えています。新しい生地の水を少し(老麺の水分ぶん)控えめにして調整を
  • 酸味が強すぎる → 老麺の熟成が進みすぎたサイン。室温に置きっぱなしにせず冷蔵庫で保管し、3〜5日のうちに使い切りましょう
  • 二次発酵でへたる → 老麺入りの生地は発酵が早く進みます。いつものレシピの感覚より、発酵の見極めを少し早めに
  • 焼き上がりにムラがある → 老麺が生地に混ざりきっていません。この製法は「こねないパン」には不向きで、均一になるまでしっかりこねるのがコツです

冷蔵庫の隅の、小さな貯金

老麺法のいいところは、始めるのに何も要らないことです。次にパンを焼く日、成形の前に生地をひとかけ、ちぎって包んで冷蔵庫の隅へ。それは言ってみれば、風味の貯金。数日後、粉と水とイーストだけのいつもの生地にそれを混ぜたとき、焼き上がりの香りの違いに、きっと少し驚くはずです。中国の饅頭屋が代々受け継ぎ、フランスのブーランジェが毎朝繰り返してきた「昨日を明日へつなぐ」ひと手間。今度の週末、あなたの台所でも始めてみませんか。

参考にした情報源

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