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チュニジアのタブーナ(Tabouna)— 壺形の土窯の内壁に生地を貼り付けて焼く、窯の名前をもらった丸パン

2026年07月21日 読了時間 約8分
かごに盛られたマグレブの丸い平パン

北アフリカ、チュニジアの田舎の朝。庭先に据えられた壺形の土窯から細く煙が立ちのぼり、窯の口に手を差し入れた女性が、丸くのばした生地を内壁にぴたりと貼り付けます。じゅっ、と土の焼ける音。数分後にはがされる、香ばしい焼き色の丸い平パン——それがタブーナです。デュラム小麦のセモリナ粉とオリーブオイルで作る、チュニジアの伝統パン。面白いのは、この名前がもともと「パン」ではなく「窯」の名前だということ。この記事では、名前の由来、壁に貼って焼く仕組み、セモリナ粉の配合、そして家庭のオーブンとピザストーンでの近似再現までを、参考記事を読み解きながら紹介します。

窯の名前が、そのままパンの名前に

タブーナという言葉は、アラビア語で炉やかまどを意味する「タブーン(taboun)」に由来します。チュニジアの田舎では、土を焼いて作った壺形・円筒形の窯そのものを「タブーナ」と呼び、そこで焼かれるパンも同じ名前で呼ばれるようになりました。スローフード財団の記録にも「タブーナは、その名の通り、焼かれる土窯と切っても切れない関係にある」とあります。窯が先で、パンが後。道具の名前が食べものの名前になった、めずらしい例です。

呼び名には土地ごとの表情もあります。北西部のベジャ地方では窯を「グージャ(gouja)」と呼び、ネフザ地方ではパンのほうを「ジェルドガ(jerdga)」と呼ぶそうです。このパンの歴史はカルタゴ時代までさかのぼるとされ、カルタゴ博物館にはタブーナ窯をかたどったテラコッタが残されていると伝えられます。二千年以上、同じ土地で同じ形の窯が火を入れられてきたと思うと、気が遠くなります。

ちなみに、同じ語源を持つ「タブーン窯」は中東にもありますが、あちらは窯底に敷いた小石の上にパンを寝かせて焼くのが主流。生地を壁に貼り付けて焼くチュニジア式とは、似て非なる兄弟です。窯の内壁に生地を貼るパンといえば、アルメニアのラヴァシュも同じ発想でした。土の窯と粉があれば、人は同じ答えにたどり着くのかもしれません。

石の余熱と、壁に貼る手

タブーナ窯の焼き方は、じつに合理的です。まず窯の中に石と焚き付けを入れて火を熾し、炎が落ち着くのを待つ。パンを焼くのは、燃えさかる火ではなく、熱を蓄えた石と土壁の余熱です。丸くのばした生地の表面に冷たい水をふり、窯の内壁に貼り付けると、生地は垂直の壁に張りついたまま焼けていきます。ときどき向きを変えてやりながら、両面ならぬ「表と裏」が土壁の熱と窯内の熱気で同時に焼ける——オーブンと鉄板を一度に使うような焼き方です。薪の煙がほのかに移った、スモーキーな風味もこのパンの持ち味とされています。

かつては家庭の毎日のパンでしたが、いまは都市部を中心に工場製のパンやバゲットに置き換わりつつあり、伝統的な作り手は少なくなっているそうです。スローフード財団が「味の箱舟(Ark of Taste)」——消えつつある伝統食の目録——にタブーナを登録しているのは、そのためです。市場の片隅で、いまも窯からはがしたての一枚が売られている国。うらやましい話です。

配合の主役はセモリナ粉とオリーブオイル

タブーナの生地は、驚くほどシンプルです。参考にした再現レシピの配合は次のとおり。

  • 細挽きセモリナ粉(デュラム小麦):500g
  • ドライイースト:10g
  • オリーブオイル:110ml
  • ぬるま湯:約250ml
  • 塩:10g

パン用の強力粉ではなく、パスタやクスクスと同じデュラム小麦のセモリナ粉が主役。ここに、粉の2割を超えるたっぷりのオリーブオイルが入ります。焼き上がりはほんのり黄色く、かむほどに小麦の甘みとオイルのこくが広がる生地です。純粋にセモリナ粉だけで作る配合と、小麦粉を混ぜる配合の両方があるそうなので、日本の台所なら細挽きのデュラムセモリナ粉に強力粉を半量混ぜると扱いやすくなります。

  • イーストをぬるま湯で溶き、粉・塩・オイルと合わせてこねる。目安は15分、なめらかでやわらかい生地になるまで
  • ボウルにかぶせものをして、暖かい場所でひとまわり大きくなるまで一次発酵
  • 3等分して丸め、手のひらで直径20cmほどの円盤に押しのばす
  • 布をかけて30分休ませる

家庭オーブン+ピザストーンで「土壁」を作る

窯はなくても、考え方は持ち帰れます。タブーナ窯の正体は「蓄熱した土の壁」。家庭ならピザストーン(なければ厚手の鉄板や逆さの天板)がその代役です。

  • ピザストーンを庫内に入れ、オーブンを最高温度(250℃前後)で予熱。ストーンに熱を蓄えさせるため、予熱は長めの30〜45分
  • 休ませた生地の表面に、窯焼きにならって水をひとはけ。フォークで数か所刺しておくと膨らみすぎを防げます
  • クッキングシートごと、熱いストーンの上へすべらせる
  • 焼き時間は15〜20分。ぷっくりふくれて、表面にこんがり焼き色がつけば合図

石の上に生地が触れた瞬間の「じゅっ」という音が、窯の壁のかわり。底はかりっと、中はむっちり。台所いっぱいに、セモリナとオリーブオイルの香りが立ちます。

よくある失敗と、その直し方

  • 生地がぼそぼそしてまとまらない → セモリナ粉は吸水がゆっくり。水を一気に足さず、5分こねてから硬さを判断してください
  • 焼き上がりが重くて詰まっている → こね不足か発酵不足の合図。15分こねる、ふくらむまで待つ、の二つをけちらないこと
  • 底が白っぽく、香ばしさが出ない → ストーンの蓄熱が足りていません。予熱をもう15分延長を
  • ぱさついて翌日硬い → オリーブオイルを減らしたのが原因かも。この配合のオイル量は保湿係でもあります。「多すぎでは」と思う量で正解です

温かいうちに、オリーブオイルとハリッサで

焼きたてのタブーナは、手で裂くのがいちばんです。むっちりした断面を、まずはオリーブオイルにひたして一口。次は唐辛子ペーストのハリッサを薄く塗って、ツナや焼き野菜のサラダを添えれば、チュニジアの食卓の定番の姿になります。チュニジアの家庭では、こうした付け合わせもパンも母から娘へ、計量カップなしの手の記憶で受け継がれてきたそうです。

窯の名前をもらったパンは、窯がなくても焼けます。週末、ピザストーンをじっくり熱して、水をひとはけした生地をすべらせてみてください。「じゅっ」と鳴った瞬間、あなたの台所のオーブンが、ほんの少しだけチュニジアの土窯になります。

参考にした情報源

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