分割して丸めた生地を麺棒で伸ばそうとしたら、ゴムのように縮んで戻ってきてしまう。押さえるほどに丸く縮んでいく生地を前に、途方に暮れた経験はないでしょうか。
そのとき生地に足りないのは力ではなく、時間です。ベンチタイムは、一次発酵を終えた生地を分割・丸めしたあと、成形の前に10〜20分ほど休ませる工程のこと。「ねかし」や「中間発酵」とも呼ばれます。ただの休憩に見えるこの時間に、生地の中では成形の成否を分ける変化が進んでいます。この記事では、ベンチタイム中に生地の中で起きていること、飛ばした場合と長すぎた場合の影響、乾燥させない正しいやり方までを紹介します。
ベンチタイム中に生地の中で起きていること
パン生地には、力を加えると張りが出て、休ませるとゆるむという性質があります。張りと緩みを行き来させながら生地を育てるストレッチ&フォールドと同じ原理が、ここでも働いています。
分割で切られ、丸めの基本どおりに表面を張らせた直後の生地は、グルテンが絡み合って強く緊張した状態です。指で押すとぐっと押し返してくるほど弾力があり、このまま伸ばしてもすぐに縮んでしまいます。そこで、休ませる。ベンチタイムの間、生地の中では次のことが起きています。
- 丸めで張り詰めたグルテンが少しずつゆるみ、伸展性(伸びやすさ)が戻る
- 発酵で生まれる炭酸ガスがたまり、グルテンの膜が内側から引き伸ばされて弾力がやわらぐ
- 分割で切られて傷んだグルテンのつながりが修復される
- ガス抜き後の細かい気泡が生地全体に行き渡り、焼き上がりのきめが整う
休ませ終えた生地に触れると、変化は指先ではっきり分かります。さっきまで押し返してきた弾力がすっと抜けて、指がふわりと沈む。表面には張りが残っているのに、中はやわらかい。この手触りになれば、生地は成形の準備ができています。
「張らせては、ゆるませる」という往復は、ベンチタイムに限った話ではありません。こねて締まった生地は、休ませるとつながりが深まる。丸めで張らせ、ベンチタイムでゆるませ、成形でもう一度張らせる。パン作りの工程は、この繰り返しでできています。
飛ばすと何が起きるか、長すぎるとどうなるか
ベンチタイムを飛ばして成形に進むと、緊張したままの生地と力比べをすることになります。麺棒をかけては戻り、巻こうとしては縮む。それでも無理に通すと、生地はこう応えます。
- 生地が縮んで、思いどおりの形にならない
- 無理に伸ばすと表面が切れたり、べたついたりする
- グルテンが傷ついたまま焼成に進むため窯伸びが悪く、きめの粗い、老化の早いパンになる
逆に、長すぎても問題が出ます。ベンチタイムの間も発酵は止まっていないからです。
- 発酵が進みすぎて生地がダレ、腰のない状態になる
- 焼くと横に広がりやすく、クラム(パンの内側)に大きな穴があきやすい
- 酵母が糖を消費しすぎて、焼き色が薄くなる
短すぎても長すぎても、生地の伸展性は低いまま。ちょうどよくゆるんだ瞬間をつかまえることが、この工程の核心です。
正しいベンチタイムのやり方
やること自体は少ないのに、差のつくポイントは多い工程です。気をつけたい相手は乾燥と冷えのふたつ。表面が乾けばそこだけ伸びなくなり、生地が冷えればゆるみが遅れます。要点を箇条書きで押さえておきましょう。
- 丸めた生地は、とじ目を下にして台に置き、生地同士がくっつかない間隔をあけて並べる
- 時間の目安は、小さく分割した生地で10分程度、50〜60gの生地で15分前後、食パンやフランスパンのような大きな生地で20〜30分
- ピザのように薄く大きく伸ばす成形は、生地が十分ゆるむまで長めにとる
- 乾燥対策には、固く絞った濡れ布巾か厚手のビニールをかぶせる。乾いた布巾は生地の水分を吸ってしまうので使わない
- 布巾やラップが生地に直接触れると表面が荒れることがある。天板ごと大きなポリ袋に入れ、空気を含ませてふんわり覆うと、触れずに保湿できる
- ステンレスや人工大理石の台は冷たく、冬場は生地が冷えてゆるみが遅れる。置き場所の温度にも気を配る
- 終了の見極めは、指の腹で軽く押して、跡が残るくらいに弾力が抜けていること。押し返してくるなら、もう少し待つ
- 成形は丸めた順に。先に丸めた生地から順にゆるんでいく
パンの種類別・ベンチタイムの目安
| パンの種類 | 時間の目安 | 見極め・注意 |
|---|---|---|
| テーブルロール・菓子パン | 15〜20分 | 指で軽く押して、跡が残ればよい |
| 食パン・フランスパン | 20〜30分 | 生地が大きいほど、ゆるむのに時間がかかる |
| 小さく分割した生地 | 10分程度 | 小型は早くゆるむ。休ませすぎない |
| ピザなど薄く大きく伸ばす成形 | 長め(十分ゆるむまで) | 伸ばして縮むようなら、さらに休ませる |
よくある失敗と直し方
- 成形の途中でまた縮み始めた:生地の緊張が戻ったサイン。無理に引っ張らず、そのまま数分休ませると再び伸びるようになる
- 表面がカサついて乾いた:布巾の絞りが甘いか、覆いに隙間がある。乾いた部分は伸びず成形で割れやすいので、次回はポリ袋で覆う方法に切り替える
- 生地がべたついた:布巾の水分が多すぎたか、結露が原因。べたつきの強い生地は、逆に何もかけずに休ませる方法もある
- うっかり長く休ませてダレた:軽く丸め直して表面の張りを作り直し、少し休ませてから成形する
- 生地が冷えてゆるまない:冷たい作業台が原因のことも。覆いの中にお湯を入れたカップを置き、温度を保ちながら休ませる
焼き上がりを分けるのは、意外にも「何もしない10分」だったりします。張らせたら、ゆるませる。パン作りはこの往復の連続です。次に生地が縮んで言うことを聞かなくなったら、力比べはやめて、そっと布巾をかけて待ってみてください。ゆるんだ生地は驚くほど素直に、手のひらに応えてくれます。
