いいレシピを見つけたのに、書いてあるのは「1斤型」。うちの型もたしか1斤——のはずなのに、焼き上がりは天井まで届かなかったり、逆に蓋を押し上げてあふれかけたり。食パン作りで一度はぶつかる、この「型とレシピが合わない」問題。実は、犯人はあなたの腕ではありません。
同じ「1斤」を名乗っていても、型の大きさには統一規格がなく、メーカーごとに容積が違うのです。そこで頼りになるのが、プロの製パンでも使われる「型比容積(かたひようせき)」という物差し。この記事では、手持ちの型の容積を水で測る方法から、比容積の考え方、レシピと型が合わないときの換算のしかた、角食と山食で目安が変わる理由までを紹介します。
まず、手持ちの型の容積を測る(道具は水とはかりだけ)
計算の出発点は「自分の型に何ml入るか」。むずかしい道具はいりません。台所のはかりと水があれば十分です。
- 型にビニール袋を敷く:底に穴のあるタイプの型でも、これで水漏れの心配なし。
- すれすれまで水を注ぐ:型のふちギリギリまで。表面張力でぷっくり盛り上がる手前で止めます。
- 水の重さを量る:水は1g=約1mlなので、量った重さがそのまま容積(ml)になります。水が多くて量りにくければ、2〜3回に分けて注ぎ足しながら量ればOK。
キッチンに立って型に水を張る数分の作業ですが、この数字さえ手帳に書きつけておけば、この先どんなレシピが来ても慌てません。ちなみに勾配のないまっすぐな型なら「縦×横×高さ(cm)」の掛け算でも出せますし、上が広がった型は上底と下底を平均してから掛けると概算できます。それでも、いちばん確実で気持ちいいのは、やっぱり水で量る方法です。
「比容積」とは——型の大きさと生地量をつなぐ物差し
型比容積とは、型の容積を生地の重さで割った数字のこと。
- 型比容積 = 型の容積(ml)÷ 生地量(g)
たとえば比容積が4なら「型の容積の4分の1の重さの生地を入れる」という意味です。数字が大きいほど生地は少なめ=気泡がのびのび広がって、ふんわり軽い焼き上がりに。数字が小さいほど生地はぎっしり=きめの詰まった、みっちり重めの焼き上がりになります。つまりこの数字は、単なる計算道具ではなく「どんな食パンを焼きたいか」を表すダイヤルでもあるのです。
目安として、日本の製パン資料やパン教室では食パン全体で3.3〜4.2、角食パン(蓋あり)で3.8〜4.0、山食パン(蓋なし)で3.5〜3.7前後という数字がよく使われます。資料によって多少幅はありますが、おおむねこの範囲に収まります。まずは角食なら4.0、山食なら3.6あたりから始めて、焼き上がりを見ながら自分好みに寄せていくのがおすすめです。
レシピと型が合わないときの換算手順
ここからが本番。手順は3ステップだけです。
- ①レシピの比容積を割り出す:レシピに書かれた型の容積÷材料の合計重量。たとえば1,720mlの型に生地491gなら、比容積は約3.5。
- ②自分の型に必要な生地量を出す:手持ちの型の容積÷①の比容積。1,670mlの型で比容積3.8なら、1,670÷3.8=約440gの生地が適量です。
- ③各材料に割り戻す:生地量をレシピのベーカーズパーセントの合計(粉を100とした各材料の割合の合計。多くの食パンで180〜200前後)で割ると粉量が出ます。あとは粉量に各材料の割合を掛けるだけ。
ひとつだけ現場の知恵を。こねている間に手やボウルに生地がつき、水分も少し飛ぶので、実際の生地は計算値よりわずかに目減りします。きっちり詰めたい角食なら、ほんの少し多めに仕込んでおくと安心です。
数字が並ぶと身構えますが、やっていることは「型の大きさに合わせて、レシピをまるごと拡大コピー・縮小コピーする」だけ。一度電卓を叩いてメモしておけば、二度目からは考えることすらありません。そしてこの換算は、材料をきちんと量れてこそ生きます。計量の基本は計量を制する者はパンを制す|正確な計量のコツで詳しく書いたので、あわせてどうぞ。
角食と山食で、なぜ目安が違うのか
蓋をして焼く角食と、蓋をせず焼く山食。同じ型でも、目安の比容積が違うのには理由があります。
山食は型の上に自由に伸び上がれるぶん、生地を多めに(=比容積小さめに)入れて、あの堂々とした山を作ります。一方の角食は、蓋という天井があります。生地が多すぎると隅まで押し詰められて、角がぱんぱんに張った「詰まりすぎ」の焼き上がりに。少なすぎれば天井に届かず、角の丸い「腰折れ気味」の姿になります。蓋の内側にふわりと触れるか触れないか——その絶妙な着地点を狙うから、角食の比容積はやや大きめ(生地少なめ)に設定されているのです。
同じ生地でも、蓋ひとつで別のパンになる。食パンのおもしろさは、案外この一枚の蓋に詰まっています。
ところで「1斤」って、何グラム?
最後にもうひとつ。市販の袋に書いてある「1斤」には、実は業界のルールがあります。包装食パンの公正競争規約で、1斤と表示できるのは340g以上と決まっているのです(510g以上になると1.5斤の扱い)。
ただしこれはあくまで焼き上がったパンの重さの話。型のサイズには統一規格がないので、同じ「1斤型」でも容積は1,600ml台から1,800ml近くまでまちまちです。「1斤型ならどれも同じ」と思い込まず、自分の型の容積を実測しておく——遠回りに見えて、それがいちばんの近道です。
よくある失敗と、その直し方
- 蓋を押し上げて生地があふれた/角がぱんぱんに詰まった → 生地が多すぎるサイン。比容積を0.2ほど大きく(生地を減らす方向に)してみましょう。
- 天井に届かず、角が丸いまま → 生地不足か、発酵不足。まず型の容積の実測から見直しを。「1斤のはず」が思ったより大きい型だった、はよくある話です。
- 計算通りなのに焼き上がりが重い → 比容積は正しくても、発酵の見極めがずれている可能性。角食なら型の8〜9分目まで生地が上がってから窯へ、が一つの目安です。
- レシピの型の容積が書いていない → 型の寸法が載っていれば縦×横×高さで概算を。それもなければ、材料合計から「角食4.0・山食3.6」と仮置きして逆算すれば近い線に行けます。
水を一杯、型に注ぐところから
型とレシピのすれ違いは、根性でも経験でもなく、たった一つの数字で解決します。今夜、焼く予定がなくても大丈夫。まずは型にビニール袋を敷いて、水をすれすれまで注ぎ、はかりに載せてみてください。表示された数字が、あなたの型の「本当の名前」です。それを知った日から、世界中のどんな食パンレシピも、あなたの台所のあの型で焼けるようになります🍞
