「お店のパンのような深い香りを、家でも出したい」——その近道のひとつが中種法(なかだねほう)、つまり前もって生地の一部を発酵させておく「前種(プレファーメント)」を使う方法です。代表的なのが、フランス由来のポーリッシュ(poolish)とイタリア由来のビガ(biga)。少量の酵母で粉の一部を長く発酵させてから本ごねに加えるだけで、風味も食感もぐっと豊かになります。
このコラムでは、ポーリッシュとビガとは何か、両者の違い、そして家庭での使い方を、出典を確認しながら整理します。
前種(プレファーメント)とは何か
前種とは、本番の生地を仕込む前に、粉・水・ごく少量の酵母を混ぜて、数時間〜ひと晩かけて先に発酵させておく「生地の一部」のことです。これを翌日(または数時間後)に残りの材料と合わせて本ごねします。
長くゆっくり発酵させることで、香りのもとになる成分や、ほのかな酸味が育ち、イーストだけで一気に作るより奥行きのある風味になります。ポーリッシュもビガも、市販の酵母(ドライイースト等)を使う前種の代表格です(ChainBaker、Weekend Bakery)。
図:前種を使う流れ
ポーリッシュとビガの違い
両者のいちばんの違いは、水の量(加水率)です。
- ポーリッシュ:粉と水を同量(100%加水)で混ぜる、ゆるい液状の前種。
- ビガ:水を50〜60%に抑えた、かための前種。
この差が性格を分けます。ポーリッシュは水分が多く乳酸菌が働きやすいため、やわらかく、気泡のよく開いた軽い食感のパンに向きます。一方ビガは、かみしめるような密度感が出て、しかも低加水ゆえに発酵が穏やかで扱いやすく、失敗しにくい(多少置きすぎても大丈夫)のが利点です(Busby’s Bakery、The Fresh Loaf)。
図:加水率で性格が変わる
どちらを使う?――入れ替えのコツ
うれしいことに、ポーリッシュとビガは入れ替えても作れます。コツはただ一つ、本ごねの水分量で帳尻を合わせること。ゆるいポーリッシュを使うなら本ごねの水を少し減らし、かたいビガを使うなら少し増やす。前種に含まれる水を計算に入れてやれば、どちらでもほぼ同じパンに仕上げられます(Modernist Bread)。
初めてなら、置きすぎに強く扱いやすいビガから試すと失敗しにくく、軽い口当たりを狙うならポーリッシュ、と覚えておくとよいでしょう。
図:入れ替えは「水で調整」
日本の家庭での活かし方
前種は、ひと晩の「ほったらかし」で味が決まる、家庭向きのテクニックです。難しい道具は要りません。
1. 前種は「前夜」に仕込む。 寝る前に、粉・水・ごく少量のドライイースト(粉の0.1〜0.3%ほど)を混ぜ、ふたをして室温に置くだけ。朝には泡が立って、いい香りになっています。
2. ポーリッシュは1:1、ビガは粉多め。 ポーリッシュは粉と水を同量で。ビガは水を粉の半分強にして、そぼろ〜かたまり状に。まずはレシピの粉の2〜3割を前種に回すところから。
3. 本ごねの水で調整する。 前種に使った水は、本ごねの水から差し引いて計算します。トータルの加水率が同じになるようにすれば、配合は崩れません。
4. 置きすぎが心配ならビガ。 朝が忙しくて時間が読めないなら、低加水で安定したビガが安心。多少発酵が進んでも崩れにくいです。
🍞 前種(ポーリッシュ・ビガ)チェック 🍞 酵母はごく少量(粉の0.1〜0.3%目安) 🍞 前夜に仕込んでひと晩発酵 🍞 ポーリッシュ=粉と水同量/ビガ=水は粉の半分強 🍞 前種の水は本ごねの水から差し引く 🍞 迷ったら扱いやすいビガから
中種法は、「時間に発酵を任せる」ことで、特別な材料なしに香りと食感を一段引き上げてくれる方法です。次にパンを焼くときは、前夜にひとボウルだけ前種を仕込んでみてください。翌朝のふくらみと香りで、その効果を実感できるはずです。
