ネパールの祭りの朝。大鍋の油の上で、誰かの手がゆっくりと円を描きます。手のひらからひも状に垂れた白い生地が、じゅわっと音を立てて輪になり、ふくらみながらきつね色に色づいていく——これがセルロティ。米から作る、リング状の甘い揚げパンです。外はカリッ、中はもっちり。ドーナツのようでいて、ドーナツではない。小麦ではなく「米」のパンです。
型もリング金具も使わず、手だけで輪を描くこのパン、実は家のフライパンと市販の米粉でも近いものが作れます。この記事では、セルロティがどんなパンで、なぜ祭りに欠かせないのか、米を浸すところから始まる伝統製法、そして日本の台所での再現のコツまでを、参考記事を読み解きながら紹介します。
セルロティとは — 祭りの朝に揚がる、米のリング
セルロティは、米の生地を油で揚げたネパールの伝統的な甘いパン。ヒンドゥー教の二大祭、ダサイン(Dashain)と、光の祭りとして知られるティハール(Tihar)の時期にもっとも盛んに作られます。ネパール国内だけでなく、インドのダージリンやカリンポン、シッキム、ウッタラーカンド州のクマオン地方、ブータン南部でも祝いの席に登場する、ヒマラヤ一帯の祭りのパンです。
ネパール・サンスクリット大学の教授は、この料理の歴史を800年以上と推定しているそうです。神さまへのお供え(プラサード)として捧げられ、離れて暮らす家族への贈り物として送られることもある——つまり、ただのおやつではなく「祈りと便り」を兼ねた食べものなのです。常温でおよそ2週間もつとされるのも、遠くへ届ける食べものらしい性質だと思います。
名前の由来には諸説あります。ネパールの丘陵地帯で育つ「セル」という米の品種から来たという説、ネパール語で「年」を意味する「サール」がなまった——つまり新年の祝いの料理だったという説。どちらとも決められませんが、米と暦、どちらの説をとってもこのパンの立ち位置がよく表れています。
伝統の製法:米を浸し、挽くところから始まる
セルロティ作りは、粉を買ってくるのではなく、米粒を水に浸すところから始まります。
- 米を浸水させる:6〜8時間、または、ひと晩。最低でも3時間という家庭もあります。古米(収穫から半年以上たった米)を使うという作り手も。
- 水気を切って挽く:伝統的には石臼、いまはミキサーで。ポイントは挽きすぎないこと。「8割まで」で止めて、わずかにざらつきを残します。この粒感が独特の食感になります。
- 生地を合わせる:挽いた米に砂糖、ギー(澄ましバター)、水を加えます。カルダモンやクローブ、フェンネルなどの香辛料を入れる家庭も多く、つぶした完熟バナナや牛乳を加えるレシピもあります。
- 休ませる:30分〜2時間ほど寝かせるレシピが一般的。約30℃で6時間ほど発酵させると風味がよくなり、揚げたときの吸油も減るとされています。
生地のかたさは「ドーサの生地より濃く、パンケーキの生地よりゆるく」。スプーンですくって持ち上げたとき、リボンのようにとぎれず垂れるくらいが目安です。
揚げ方:油の上に、輪を一筆書き
ここがセルロティの見せ場です。熱した油の上に、手のひらにすくった生地を細くたらしながら、外側から内側へ、一筆書きで輪を描きます。地元の作り手のあいだでも「この輪を描くこと自体がひとつの技であり芸」と言われるほど。慣れない人は、絞り袋や先を切ったプラカップを使ってかまいません。現地でも普通に使われています。
浮いてきた輪は、ジル(jhir)と呼ばれる木や金属の棒でくるりと返します。竹の棒で返す家庭も。両面が明るいきつね色になったら引き上げて、網の上で油を切ります。揚げたてはカリカリ、時間がたつとしっとりやわらかく——どちらの顔もセルロティです。現地ではミルクティーと合わせたり、じゃがいものスパイス煮(アルダム)やアチャール(漬物)を添えて、甘さと辛さをいったりきたりしながら食べます。
日本の台所で:市販の米粉から作るなら
米をひと晩浸して挽くのが本式ですが、日本の家庭なら市販の米粉からでも近づけます。
- 粉はうるち米の米粉(製菓用米粉や上新粉)を。白玉粉やもち粉はもち米由来なので別物になります。参考記事には、市販の米粉を使う場合は乾いたフライパンで軽く炒ってから使うと香りが立つというコツがありました。
- 配合の一例:米粉3カップに対して、砂糖1/2カップ、溶かしたギー(なければ溶かしバター)大さじ3、カルダモンパウダー小さじ1。つぶしたバナナ1本を入れると、香りとしっとり感が出ます。
- 水分は少しずつ。とろりと途切れず流れる濃さになったら止めて、30分休ませます。
- 揚げ油は中温(160〜170℃)、深さ5〜7cmほど。生地をひと垂らしして、すぐ浮いてくるくらい。
- 絞り袋で輪を描く:油の表面に、途中で止めずに一気に。片面3〜4分ずつ、串を輪にひっかけて返します。
米粒から挽いた粒感には届かなくても、外カリ中もちの気持ちよさは十分に味わえます。
よくある失敗と、その直し方
- 輪が途切れて、ただの揚げ玉になる → 生地がかたすぎるか、注ぎが途切れています。リボン状に垂れる濃さに調整して、一筆書きで一気に。
- 外は焦げたのに中が生 → 油が熱すぎます。中はもっちり厚みのあるパンなので、中温でじっくりが鉄則。
- 油っぽく重たい → 生地の休ませ不足かゆるすぎが原因になりがち。しっかり寝かせて、濃さを見直して。
- 形がいびつ → それが手描きの証拠です。現地でも一枚ごとに顔が違うもの。二枚目はきっと丸くなります。
光の祭りの日に
ティハールの夜、ネパールの家々は無数の灯りに縁どられます。その祭りの台所で、油の上に描かれてきた金色の輪。祈りにも、遠くの家族への便りにもなってきたパンだと知ると、あのリングの形が急にいとおしく見えてきます。米粉と絞り袋があれば、最初の一輪は今週末にでも描けます。いびつでも大丈夫。輪がつながった瞬間の小さな達成感は、きっとくせになります🍞
