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北マケドニアのパストルマイリヤ(Pastrmajlija)— 塩漬け干し肉をのせて焼く、舟形の「マケドニアピッツァ」

2026年08月14日 読了時間 約7分
パストルマイリヤの図案。舟形の生地に角切り肉をのせた北マケドニアの郷土パン(嬉兆オリジナル図版)

ピッツァからトマトソースとチーズを取り払ったら、何が残るでしょうか。北マケドニアの答えは、肉の塩気と脂をたっぷり吸い込んだ、生地そのものでした。

パストルマイリヤ(Pastrmajlija)は、楕円にのばした生地の縁を立ち上げ、塩漬け干し肉をのせて高温で焼き上げる北マケドニアの郷土パンです。舟のような形から「マケドニアのピッツァ」とも呼ばれますが、ソースもチーズもまとわず、肉と生地だけで勝負する潔い一枚。この記事では、名前に刻まれた保存食の歴史、シュティプの町を挙げての祭り、本場の作り方、そして日本の台所での再現ガイドまでを紹介します。

名前の正体は「塩漬け干し肉」——パストルマと保存食の物語

パストルマイリヤの名は、「パストルマ(pastrma)」という言葉に由来します。塩をすり込み、乾かして保存した羊の肉のこと。冷蔵庫のない時代、肉を冬まで持たせるほとんど唯一の方法が、塩と乾燥でした。トルコのパストゥルマとも同根で、バルカンから中東へ広がる塩漬け肉の大きな系譜に連なる言葉です。

その冬支度の肉をパン生地にのせて焼いてしまおう——そうして生まれたのがこのパンです。本場として名前が挙がるのは、シュティプ、ヴェレス、スヴェティ・ニコレ、クラトヴォといった町々。なかでもシュティプは「シュティプスカ・パストルマイリヤ」の名がブランドとして保護されるほどの本家を自認していて、毎年9月には町を挙げての祭り「パストルマイリヤダ(Pastrmajlijada)」が開かれます。広場の屋台から焼きたてが次々と運ばれ、ステージではこのパンを讃える歌まで歌われる。しかもワイン祭りと蜂蜜祭りが同時開催というのだから、秋のシュティプでは胃袋の休まる暇がありません。隣国セルビアのポガチャもそうですが、バルカンの町では、パンはいまも祭りの主役を張れる存在なのです。

薄い生地に高い縁——舟形のつくりと焼き方

生地は小麦粉、水、イースト、塩、砂糖、油だけのシンプルな発酵生地。ピザ生地よりやや軽めの配合で、1時間ほど発酵させてから、厚さ1センチほどの楕円にのばします。ここからがこのパンの見せ場です。縁をぐるりと立ち上げ、両端をきゅっとねじって留める。それだけで、生地が小さな舟になります。トマトソースを塗らないぶん、生地は肉汁を直接受け止める皿の役目まで引き受けるのです。

のせるのは肉だけ。かつてはパストルマそのものでしたが、いまは豚や鶏の角切りに塩・黒こしょう・赤パプリカで下味をつけるのが主流です。これを舟の内側に敷き詰め、220度前後の高温で20〜25分。焼けてくると肉の脂がじわじわと生地に染みて、縁はカリッと香ばしく、脂を受け止めた内側はしっとり。立ち上げた縁は飾りではなく、うまみを一滴も逃さないための堤防なのです。焼き上がりの数分前に卵を割り落とす食べ方も定番で、これも縁があればこそ。食卓では辛い唐辛子の酢漬けを添え、ラキヤ(果実の蒸留酒)を傾けるのが本場流です。地域や家庭によっては羊のチーズやカシュカヴァル(バルカンの熟成チーズ)、きのこをのせる変化形もありますが、正統はあくまで肉と生地だけ。この引き算の潔さが、このパンの看板です。

早見表:パストルマイリヤの基本

項目 内容
本場 北マケドニア(シュティプ、ヴェレス、スヴェティ・ニコレなど)
名前の由来 塩漬けして干した羊肉「パストルマ」
縁を立ち上げて両端をねじった舟形(楕円)
下味をつけた角切り肉が基本。仕上げに卵を落とすことも
焼成 220度前後の高温で20〜25分
祭り 毎年9月、シュティプの「パストルマイリヤダ」

日本の台所で再現する

パストルマは日本ではまず手に入りませんが、幸い本場でも現在の主流は「塩気をまとった豚肉」。豚バラか厚切りベーコンで、十分に核心へ近づけます。道具はオーブンと天板だけ。分量は本場のレシピを、家庭で扱いやすい2枚分に翻訳しました。

  • 生地をこねる:強力粉250g、ぬるま湯160ml、ドライイースト3g、砂糖小さじ1、塩小さじ1/2、オリーブ油大さじ1。なめらかになるまでこね、暖かい場所で1時間、2倍にふくらむまで発酵させます。
  • 肉の下ごしらえ:豚バラ200gを1.5センチ角に切り、塩・黒こしょう・パプリカパウダーをまぶします。ベーコン代用なら塩は振らなくて大丈夫。大きく切りすぎないのがコツです。
  • 舟をつくる:生地を2つに分け、それぞれ25×15センチほどの楕円にのばします。縁を1センチほど立ち上げ、両端をねじって留めます。
  • 焼く:肉を敷き詰め、最高温度(250度目安)に予熱したオーブンで12〜15分。焼き色が浅ければ数分延長します。
  • 卵を落とすなら:残り5分のところで一度取り出し、中央に卵を割り入れて焼き上げます。

オーブンの扉を開けた瞬間、豚の脂とパプリカの香りがどっと押し寄せます。縁はカリッ、肉の下はしっとり。熱いうちに端からちぎれば、脂の染みた部分ともっちりした部分が一口ごとに入れ替わります。2枚焼くなら、1枚は肉だけ、もう1枚は卵入りと焼き比べるのも楽しいところです。

よくある失敗と直し方

  • 肉に火が通りきらない→角切りが大きすぎるサイン。次は1.5センチ角より小さめに切ります。
  • 生地の中心が生っぽい→のばしが厚いか、予熱不足。厚さ1センチ弱まで薄くし、オーブンは最高温度でしっかり予熱を。
  • 卵が縁から流れ出す→縁の立ち上げが浅いか、ねじりが甘いか。成形時に縁をしっかりつまんで留め、卵は肉の中央のくぼみへ。
  • 塩辛くなった→ベーコン代用のときに下味の塩まで振った可能性。肉をひと切れ焼いて味見してから調整すると確実です。
  • 脂が回らずパサつく→脂の少ない部位を選んだのかも。このパンの主役は肉の脂。豚バラなど脂のある部位が近道です。

まずは豚バラひとパックから

塩漬け肉で冬を越した保存食の知恵が、いまは祭りの広場で焼きたての湯気を上げている。パストルマイリヤは、そういう出自のごちそうです。豚バラひとパックと粉があれば、日本の台所にも小さな舟は浮かびます。ラキヤの代わりに、冷えたビールを添えても。バルカンの粉ものが気に入ったら、薄い生地にチーズを重ねて焼くブルガリアのバニツァへ、旅を続けるのもおすすめです。

参考情報源

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