パン作り

クリームパン|カスタードの炊き方と、グローブ形の理由

2026年08月02日 読了時間 約8分
グローブ形のクリームパン

パン屋の棚で、クリームパンだけがあの形をしています。ふっくらした山に、指をそろえたような切り込み。子どもの頃「野球のグローブみたい」と思っていたあの形には、ちゃんと理由がありました。

クリームパンは、あんぱん・ジャムパンと並ぶ日本生まれの菓子パンです。主役は中のカスタード。卵黄と牛乳と砂糖を鍋で炊くだけなのに、ダマになったり焦げたり、意外と手強い相手でもあります。この記事では、クリームパン誕生の物語から、カスタードの炊き方、包み方、あの切り込みの意味、よくある失敗の直し方までを紹介します。

シュークリームに驚いた夫婦から始まった

クリームパンの生みの親は、新宿中村屋の創業者・相馬愛蔵と妻の黒光(こっこう)です。中村屋の社史によれば1904年(明治37年)、夫妻は初めて食べたシュークリームのおいしさに驚き、このクリームをあんぱんの餡の代わりに使えば新鮮な風味のパンになる、と考えました。乳製品のクリームは子どもの栄養にも良い——そんな思いも込められていたといいます。

下敷きになったのは、ひと足先に生まれていた木村屋のあんぱんでした。餡をクリームに置き換えるという一手で、日本の菓子パンの系譜がまたひとつ枝分かれしたわけです。

グローブ形は「蒸気の逃げ道」だった

意外なことに、発売当初のクリームパンは柏餅のような半円形で、切り込みはありませんでした。中村屋のクリームパンに切れ目が入ったのは戦後のことだそうです。

ではなぜ切るのか。カスタードは水分の多いクリームです。焼成中に中の水分が蒸気になって膨らみ、生地とクリームのあいだに空洞ができたり、皮が浮いたり、ひどいときは破裂したりします。上部に切り込みを入れて蒸気の逃げ道を作れば、空洞や浮きを防げる——その切り込みが数本並んだ結果、グローブのような形になった、というのが広く語られる説明です。形の由来には諸説ありますが、切れ目からクリームがちらりとのぞいて中身を知らせる、看板の役目も果たしています。

カスタードクリームの基本配合と炊き方

家庭で作りやすい分量です(約280g・パン6〜8個分)。

  • 牛乳 250g
  • 卵黄 2個分
  • 砂糖 60g
  • 薄力粉 16g(半量をコーンスターチに置き換えても)
  • あればバニラビーンズ少々

薄力粉はもっちりとコクのある炊き上がり、コーンスターチは軽くさっぱり。包んで焼くなら、形を保ちやすい薄力粉主体が向きます。

  • 鍋に牛乳と砂糖の半量を入れ、沸騰直前まで温める。砂糖を先に溶かしておくと鍋底が焦げつきにくくなります。
  • ボウルで卵黄と残りの砂糖を白っぽくなるまで混ぜ、ふるった粉を加えてさっくり合わせる。
  • 温めた牛乳を少しずつ注いでのばし、漉しながら鍋に戻す。
  • ここからが本番。強めの中火にかけ、泡立て器で鍋底と側面をこそげるように混ぜ続けます。とろみがつき始めたら一気に固まるので、手を止めないこと。
  • いったんもったりと重くなったあと、さらに炊き続けると、ふっとコシが抜けてつやが出て、泡立て器の跡がさらりと消えるようになります。ここが火の止めどき。

弱火でだらだら炊くと粉のコシが残り、のり状の重いクリームになります。思い切った火加減で短時間に——これがなめらかさの分かれ目です。

しっかり冷ましてから包む

炊き上がったらバットに薄く広げ、ラップをクリームの表面にぴったり貼りつけて、氷水や保冷剤で一気に冷やします。ゆっくり冷ますと、雑菌の増えやすい温度帯に長くとどまって傷みの原因になるからです。卵と乳のクリームは足が早いので、当日か翌日には使い切りましょう。

冷えたカスタードは固く締まりますが、なめらかにほぐしたくなるのをこらえて、固いまま生地にのせるのがコツです。やわらかいクリームは包みにくいうえ、焼成中に流れ出しやすくなります。生地の縁にクリームをつけず、閉じ目はつまんでしっかり密着、とじ目を下にして置く。水分の多い具を包むときの考え方は具の包み方の科学でも詳しく書いています。切り込みはカードやスケッパーで、中のクリームがうっすら見える深さまで。浅すぎると蒸気が抜けず、空洞の原因になります。

段階 やること 見極め・コツ
下準備 牛乳+砂糖の半量を沸騰直前まで温める 砂糖を先に溶かすと鍋底が焦げにくい
卵液 卵黄+残りの砂糖→ふるった粉を合わせる 白っぽくなるまで混ぜてから粉
合わせ 温めた牛乳を少しずつ注ぎ、漉して鍋へ戻す 漉しがダマ防止の要
炊き 強めの中火で鍋底をこそげながら混ぜ続ける とろみがつく瞬間は手を止めない
火止め コシが抜けてつやが出たら火から下ろす 泡立て器の跡がさらりと消えるのが合図
冷まし バットに薄く広げ、ラップを密着させ急冷 当日〜翌日で使い切る

焼いてから入れる派——コロネと冷やしクリームパン

クリームの入れ方には、もうひとつの流儀があります。焼成後に詰める方式です。巻き貝形のコロネは、円錐の型に生地を巻いて焼き、あいた空洞にあとからクリームを絞り込みます。近年人気の冷やしクリームパンも同じ発想で、焼いて冷ましたパンにクリームを注入し、冷蔵庫で冷やして仕上げます。

違いは、クリームが熱をくぐるかどうか。包んで焼く昔ながらのクリームパンは、クリームにも火が入って生地と一体になった、落ち着いた味わいに。あとから入れる方式は、クリームのふわとろ感がそのまま残ります。どちらが上ということではなく、別のおいしさです。

よくある失敗と、その直し方

  • 焼成中にクリームが爆発した → 閉じ目が甘いか、クリームがゆるいか。固く冷えたクリームを使い、閉じ目にクリームや油分をつけない。切り込みで蒸気の逃げ道も忘れずに。
  • 切ったら上半分が空洞 → 蒸気の抜け場がなかったサイン。切り込みをクリームが見えるくらいまで深く。クリームの量を控えすぎないことも大事。
  • クリームがべちゃつく・水っぽい → 炊きが浅いか、冷ましが遅いか。コシが抜けてつやが出るまで炊き切り、ラップ密着+急冷で。
  • ダマができた → 粉のふるい忘れか、炊き始めの混ぜ不足。とろみがつく瞬間こそ全力で混ぜる。できてしまったら、熱いうちに漉せば救えます。
  • 鍋底が焦げた → 牛乳に砂糖を先に入れ、鍋底の角までこそげる混ぜ方に。焦げ臭が移ったら、作り直しが早道です。

週末に、鍋ひとつから

カスタードを炊いている数分間、台所には卵と牛乳とバニラの、どこか懐かしい匂いが立ちこめます。うまく炊けた日のクリームはつやりと光って、正直、パンに包む前に半分なくなりそうになる。およそ百二十年前、初めてシュークリームを口にした夫婦の驚きも、きっとこれと同じものだったのでしょう。週末、鍋ひとつから始めてみてください。切り込みの奥からのぞく黄色を見れば、あのグローブ形がちゃんと理屈でできていることが、きっとわかるはずです。

参考情報源

  • 新宿中村屋「商品の歴史 クリームパン」 https://www.nakamuraya.co.jp/pavilion/products/pro_005.html
  • 神戸屋「クリームパンはなぜグローブの形なのか?」 https://www.kobeyarestaurant.co.jp/magazine/detail/38
  • 富澤商店「カスタードクリームとは?基本編」 https://tomiz.com/column/custard-cream-part1/
  • アトリエエピス「クリームパンの切り込みの深さは?」 https://atelier-epice.net/creampan-kirikominofukasa/
  • cotta「八天堂風・冷やしクリームパン」 https://www.cotta.jp/recipe/recipe.php?recipeid=00022492
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