昼どきのスロバキアの台所。大鍋にぐらぐらと湯が沸き、口にぴんと張られた布の上で、白い生地がまくらのようにふくらんでいきます。フタを開ければ、湯気の奥から真っ白でつやつやの——パレネー・ブフティ。プラムジャムを抱いた、甘い甘い蒸しパンです。
オーブンは使いません。鍋と湯気だけ。焼き色のかわりに、雪のように白い肌と、びっくりするほどのふわふわが手に入ります。この記事では、名前の意味と「蒸す」という知恵、定番の中身レクヴァール、家庭のレシピ、つまずきやすい点、日本の台所での再現までを、参考記事を読み解きながら紹介します。
「パレネー」は「蒸した」、ブフティは「甘い包みパン」
パレネー・ブフティ(parené buchty)は、スロバキア語でそのまま「蒸したブフタ」。ブフティは、ジャムなどを包んだ甘い菓子パン「ブフタ(buchta)」の複数形です。「ブフティ・ナ・パレ(buchty na pare=湯気の上のブフタ)」の名でも呼ばれます。
生地は牛乳・卵・バター・砂糖の入ったリッチなイースト生地。それでいて位置づけは「おやつ」ではなく、れっきとした昼ごはんの主役です。甘い蒸しパンが主菜としてどんと出てくる——日本の感覚だと少しふしぎで、たまらなく羨ましいところ。参考記事のコメント欄には「うちではまずチキンスープを一杯飲んでから」という家の流儀や、祖母の台所の思い出がいくつも寄せられていました。ごちそうの記憶は、どこの国でも湯気とセットのようです。
焼かずに蒸す——布一枚あれば、オーブンはいらない
伝統的な蒸し方は、驚くほど簡素です。大鍋に湯を沸かし、口に木綿の布をぴんと張ってひもで縛る。その布の上に生地を並べ、ボウルや鍋ブタをかぶせて蒸気を閉じ込める。これだけ。オーブンがなくても、鍋ひとつで「焼き菓子級」のごちそうが立ち上がる仕掛けです。
湯気でパンをふくらませる知恵といえば、中国のマントウがまさに大先輩。ユーラシアの東と西で、同じ「白いふわふわ」に別々にたどり着いたのだと思うと、鍋の湯気がすこし壮大に見えてきます。
親戚も多い一族です。チェコにも同じ蒸し版「ブフティ・ナ・パーニェ」があり、小ぶりに焼いたブフティチュキをバニラソース「ショドー」で食べる型も知られています。オーブンで焼けば、天板の上で肩を寄せ合う「ブフテルン」。オーストリアには蒸したゲルムクヌーデル、ドイツには牛乳とバターの液で蒸し焼きにするダンプフヌーデル。中欧の地図の上に、甘い蒸し団子のベルトがゆるやかに横たわっているのです。
中身は「レクヴァール」——黒く濃く煮つめたプラムジャム
定番の中身は、スリフコヴィー・レクヴァール(slivkový lekvár)。プラム(西洋すもも)をじっくり煮つめた、黒紫色の濃いジャムです。市販のさらっとしたジャムよりずっと固く、酸味とコクが深い。蒸したてを割ると、白い生地から湯気と一緒に黒いジャムがとろりと顔を出して、写真より先に手が出るおいしさです。
中身は家それぞれ。あんずやラズベリーのジャム、甘く炊いたポピーシード(けしの実)のペースト、バニラ香る甘いトヴァロフ(フレッシュチーズ)、旬なら生のプラムやサワーチェリーを包む家もあります。ポピーシードを心から愛するこの感じは、ルーマニアのコゾナックとも通じ合う、中東欧の甘いパンの血筋ですね。
家庭のレシピ——生地はこねて1時間、蒸しは15分
参考記事のレシピをならすと、生地はだいたいこの範囲に収まります。
- 小麦粉 300g(中力粉、または強力粉と薄力粉半々)
- ぬるい牛乳 200〜250ml
- インスタントドライイースト 7g(生イーストなら20〜30g)
- 砂糖 大さじ2/塩 小さじ1/2
- 卵 1個/溶かしバター 大さじ1
- 中身:固めのプラムジャム 適量
手順もシンプルです。
- ぬるい牛乳に砂糖とイーストを溶かし、5〜10分おいて泡立たせる
- 粉・卵・バター・塩と合わせ、なめらかになるまで10分ほどこねる
- 倍にふくらむまで約1時間、あたたかい場所で発酵させる
- 打ち粉をした台で厚さ3〜5ミリにのばし、5センチ角に切る
- 中央にジャムを小さじ1のせ、四隅と縁をつまんで閉じ、丸く整える
- 綴じ目を下にして15〜20分休ませる(ここで休ませると肌がきれいに張ります)
蒸すのは、蒸し器でも、鍋に金属ザルをのせた即席蒸し器でも大丈夫。内側にうすく油を塗り、たっぷり間隔をあけて並べます(蒸すとぐんとふくらんで、隣とくっつきます)。強めの蒸気で10〜15分。表面がぴんと張り、うっすら透けるようなつやが出たら蒸し上がりです。
仕上げは、溶かしバターの雨と黒い雪
蒸したてに、熱々の溶かしバターをたっぷり回しかけます。じゅわ、と生地が受け止める音がして、湯気にバターの香りが混ざる。そこへ——
- すり潰したポピーシード+砂糖:いちばん伝統的。灰青色の雪が積もる
- ココア+粉糖:子どもたちのヒーロー。黒い雪バージョン
- すりクルミ+砂糖、またはシンプルに粉糖だけでも
ナイフは要りません。フォークでほろりと裂けば、白いふわふわ、黒いジャム、バターの金色。三色そろって、スロバキアの昼ごはんが完成します。
| 工程 | 目安 | コツ |
|---|---|---|
| 予備発酵 | ぬるい牛乳に砂糖とイーストを溶かす | 5〜10分おいて泡立たせる |
| こねる→発酵 | 10分ほどこねて約1時間 | なめらかになるまでこね、倍にふくらむまであたたかい場所で |
| 包む | 厚さ3〜5ミリ・5センチ角に切り、ジャム小さじ1 | 四隅と縁をつまんで閉じ、丸く整える |
| 休ませる | 綴じ目を下にして15〜20分 | ここで休ませると肌がきれいに張る |
| 蒸す | 強めの蒸気で10〜15分 | 間隔をたっぷりあけて並べ、つやが出たら蒸し上がり |
| 仕上げ | 蒸したてに熱々の溶かしバターを回しかける | ポピーシード+砂糖、ココア+粉糖、すりクルミ+砂糖など |
よくある失敗と、その直し方
蒸しパンのつまずきどころは、だいたい決まっています。
- しぼんでしわしわになる → 蒸し時間不足で中が生か、仕上げ発酵のさせすぎ。時間が来たらまず1個割って確認を。蒸している途中でフタをむやみに開けるのも、温度が落ちてしぼみのもと。
- 底がべちゃつく → フタの水滴が落ちています。フタに布巾を一枚かませるか、火力をもう少し強く。ザルや皿が湯に触れていないかも確認。
- 隣とくっついて破れる → ふくらみしろの見積もり不足。間隔は「あけすぎかな」で正解。台に塗る油も忘れずに。
- ジャムが漏れ出す → ジャムがゆるいか、綴じが甘いか。ジャムは冷やして固めにし、綴じ目はひだを寄せてしっかりつまむ。綴じ目は必ず下に。
- 中心だけ生っぽい → 大きく作りすぎです。慣れるまでは小さめ・薄めが安全。
一鍋目で全部うまくいかなくても大丈夫。蒸しパンは焼きパンよりリトライが速いのが取り柄です。
日本の台所で——あんずジャムとフライパンがあれば
レクヴァールは日本のスーパーにはまず並びませんが、翻訳は難しくありません。
- ジャム:あんずジャムが甘酸っぱさの近い代役。より本気なら、ドライプルーン(=干しプラム)を刻んで少量の水と煮つめれば、ほぼレクヴァールです。あんこを包めば中華まん寄りの顔になりますが、それはそれで納得の親戚味。
- ポピーシード:あんぱんでおなじみ、製菓材料の「けしの実」を乾煎りしてすり、砂糖と混ぜます。見つからなければ黒すりごま+砂糖でも雰囲気は充分(代用です、と心の中で断りつつ)。
- 蒸し器がない:フライパンに湯を1〜2センチ張り、クッキングシートを敷いた耐熱皿や蒸し板をのせ、フタをして中火10〜12分。フタに布巾を巻けば水滴対策も完了です。
湯気の向こうの、誰かの台所
パレネー・ブフティのレシピを読んでいると、必ずと言っていいほど「祖母が」「母が」という言葉に出会います。オーブンの窓越しではなく、フタを開けた瞬間の湯気ごしに現れるごちそう。あの一瞬の白いもやには、ふろしきを解くときのような高揚があります。次の休みの昼、鍋に布を張るかザルをのせるかして、あなたの台所にもあの湯気を立ててみてください。白いふわふわから黒いジャムがのぞいたら、それはもう、立派にスロバキアの日曜です。
参考情報源
- Slovak Cooking https://www.slovakcooking.com/2010/recipes/buchty-na-pare/
- Slow Living in Central Europe https://slowlivingincentraleurope.com/?p=84
- bake your slovak roots http://slovakroots.blogspot.com/2012/07/steamed-sweet-dumplings-buchty-na-pare.html
- Cook Slovak https://cookslovak.com/2018/05/31/steamed-buns-with-cocoa-and-jam/
- staplebread https://staplebread.wordpress.com/2016/03/01/slovakia-parene-buchty/
