パンと聞いて、まっ白でクラスト(皮)のない、ふんわりした蒸しパンを思い浮かべる人は少ないかもしれません。でも中国の北部では、それが毎日の主食です。「マントウ(饅頭)」——焼き色も、香ばしいクラストもない。けれど噛むと小麦のやさしい甘みが広がる、素朴で力強いパンです。今日はこの、米ではなく小麦で生きてきた中国北方の食文化を支える蒸しパンを取り上げます。
なぜ焼かずに蒸すのか。なぜあんなに白くてやわらかいのか。そして家庭で作るときに何がいちばん大事なのか。事実をたどったうえで、最後に家庭の蒸し器で再現するコツをご紹介します。
マントウとは——無具で蒸す、北の主食
英語版Wikipediaによれば、マントウは小麦粉・水・膨張剤で作る、中国北部で広く食べられる「白くてやわらかい蒸しパン」です。中身のないプレーンな状態が基本で、焼かずに蒸して仕上げます。膨張のさせ方は、家庭やレシピのレベルではイースト(酵母)発酵が一般的。定評ある中華料理サイトChina Sichuan Foodのレシピでは、小麦粉300gに対しインスタントイースト小さじ1.5(粉の約0.5%)を使う例が示されています。
ここでよく混同されるのが「包子(パオズ=baozi)」との違いです。Wikipediaは明確に区別しています。マントウ(饅頭)は中身のない無具の蒸しパン、包子は中に塩味や甘味の餡を詰めた蒸しパン。歴史的には「饅頭」の語のほうが古く、後に詰め物入りを指す「包子」の語が生まれた結果、標準中国語では饅頭=具なしを指すようになったとされます。
なぜ北部の主食なのか。Wikipediaによれば、マントウは米ではなく小麦が栽培される中国北部で主食として食べられてきました。長江(揚子江)を境に、寒冷で乾燥した北は小麦に適し、マントウや麺が南部の米に相当する役割を担ってきたのです。
なぜ「焼かず」に「蒸す」のか
マントウの最大の特徴は、焼き色のない真っ白な表面と、しっとりやわらかい口あたりです。これは蒸し調理ならではの結果です。
製パンの権威King Arthur Bakingの解説によると、パンに香ばしい焼き色と硬いクラストを与えるのは「メイラード反応」と呼ばれる褐変反応で、これはおよそ140℃以上の高温で、かつ乾いた環境でこそ進みます。ところが蒸し調理は水分のなかで約100℃に保たれるため、メイラード反応が起こりません。その結果、焼きパンのような黄金色の硬い皮はできず、白く・なめらかで・しっとりやわらかい蒸しパンに仕上がるのです。焼成パンと蒸しパンを比べた研究でも、蒸しパンはクラストがなく、硬さが低く弾力が高いと報告されています。
家庭で作る鍵は「計量」と「温度」
マントウは材料が少ないぶん、配合のわずかな差が仕上がりに直結します。China Sichuan FoodやRed House Spiceなどのレシピが共通して強調するのが、重量計(キッチンスケール)でのグラム計測です。粉の銘柄や室内の湿度で吸水が変わるため、粉と水(液体)の比は目安を起点に微調整します。例として小麦粉300gに水150ml(重量比およそ1:0.5)や牛乳180mlといった配合が示されています。
もう一つの鍵が温度管理です。イーストは約35℃のぬるま湯で活発に働く一方、43℃を超える熱い水を使うと死んでしまい、生地がふくらまなくなります。発酵の適温はおよそ28℃。室温が高い季節は、成形中の過発酵を防ぐためにやや冷たい水を使うとよい、とされています。指で計るより、調理用の温度計があると失敗が一気に減ります。
日本の家庭での活かし方
特別な道具は要りません。普段の蒸し器(またはせいろ、深めの鍋+蒸し台)で作れます。ポイントは(1)粉と水をスケールで正確に量る、(2)仕込み水の温度を35℃前後に整える、(3)蒸し上げたらフタをすぐ全開にせず数十秒おいてから開ける(急な温度差でしぼむのを防ぐ)、の3点です。
材料(6個分)
- 薄力粉または中力粉 300g(中華まん用粉があれば最適)
- ドライイースト 3g
- 砂糖 15g(発酵を助け、ほのかな甘みに)
- 水またはぬるま湯(35℃前後) 150ml
- サラダ油 小さじ1(生地をなめらかにする・任意)
作り方
- ボウルに粉・砂糖・イーストを入れ、35℃前後の水を少しずつ加えてまとめ、なめらかでしっかりした生地になるまで10分ほどこねる。表面がわずかにしっとりするくらいが目安。
- ラップをかけ、約28℃で2倍にふくらむまで一次発酵(40〜60分目安)。
- ガスを抜くように軽くこね直し、棒状にのばして6等分。切り口を整えて丸め、クッキングシートにのせる。
- 15〜20分の二次発酵。ひと回り大きくなればOK。
- 蒸気の上がった蒸し器で12〜15分蒸す。蒸し上がったら火を止め、フタを少しずらして30秒ほどおいてから開けると、急な温度差でしぼむのを防げます。
- 真っ白でふっくらしたら完成。そのまま主食として、おかずや煮込みに添えて。残ったら冷凍し、食べるときに再び蒸せばふっくら感が戻ります。
おまけ:マントウの名前の由来(伝説)
マントウの名の由来として有名なのが、三国時代の諸葛亮(しょかつりょう)にまつわる物語です。ただしWikipediaはこれを史実ではなく「民間伝承(folklore)=伝説」と明記しています。伝説では、南方を平定して蜀へ帰る途中、激流の川を渡れずにいた諸葛亮が、人身御供の代わりに肉を詰めて人の頭の形にしたパンを作り川に供えた、とされます。これを「蛮頭(蛮族の頭)」と名づけ、それが同じ音の「饅頭(マントウ)」に転じた——という語源譚です。あくまで言い伝えとして楽しんでください。
まとめ
マントウ(饅頭)は、小麦粉・水・イーストで作る、中身のない真っ白な蒸しパンで、米ではなく小麦が育つ中国北部の主食です。具を詰めた「包子」とはここが違います。焼かずに蒸すのは約100℃ではメイラード反応が起きないからで、その結果あの白くしっとりやわらかい食感が生まれます。家庭で作る鍵は、スケールでの正確な計量と、イーストが元気に働く35℃前後の水温管理。蒸し上げをそっと開ける——この3点を守れば、特別な道具がなくても普段の蒸し器でふっくら仕上がります。素朴だからこそ、毎日食べても飽きない。そんな北の食卓の知恵が詰まったパンです。
