オーブンがないから、パン作りは自分には縁がない——そう思ってレシピ本を閉じた夜はありませんか。あるいはオーブンはあるのに、真夏の台所で250度の予熱に踏み切れない夜。実は、コンロの上のいつものフライパンが、そのままパン焼き窯になります。合言葉は「蓋」と「弱火」。この記事では、蓋をすると窯になる理屈から、火加減と時間の目安、向く生地と向かない生地、焦げ対策、今夜試せる基本レシピまでを、参考記事を読み解きながら紹介します。
蓋を閉めた瞬間、フライパンは小さな窯になる
パンを焼くのに本当に必要なのは、オーブンという箱そのものではありません。生地を全体から包む熱と、焼きはじめの湿り気。この二つです。
フライパンの弱点は、熱が下からしか来ないこと。そこで蓋の出番です。蓋を閉めると、温められた生地から立ちのぼる水分が逃げ場を失い、蒸気になって中に満ちます。下からは金属にたくわえられた熱、上と横からは蒸気をふくんだ熱い空気。生地はちゃんと「包まれて」いるわけです。調理器具メーカーのアサヒ軽金属は、このパンを「蒸すように焼く」と表現しています。蓋が水分の蒸発を防ぐから、表面が乾いて固まる前に生地がぐんとふくらみ、中はしっとり、皮はうすく仕上がる——白パンに似た、やさしい顔のパンになる理由がこれです。
蓋がガラスなら、生地がふくらんでいくのが見えます。じり、じり、という底の小さな音。オーブンの窓をのぞくのと同じ楽しみが、コンロの上にもあります。
火加減は弱火、時間は両面で15〜20分
読み比べた複数のレシピは、驚くほど同じところに落ち着いていました。目安を先にまとめます。
- 予熱:蓋をして強火で20秒ほど。フライパンをほんのり温める程度でやめる
- 片面目:蓋をしたまま、弱火〜少し強めの弱火で7〜10分
- 返して二面目:さらに5〜8分
- 合計:両面あわせて15〜20分
- 返しどき:底面がきつね色になったら。フライ返しでそっと持ち上げ、色を確かめてから
実際、製パンサイト「日々のパン」の基本のフライパンパンは少し強めの弱火で7分+7分。Nadiaのフライパンイングリッシュマフィンは弱〜中火で約10分+約8分。おうちごはんで紹介されているフライパンあんぱんは弱火15分+5分。道具と生地の厚みで多少振れますが、弱火で片面7〜10分を背骨にすれば大きくは外れません。
もうひとつ、コンロには癖があります。火は中心が強いので、置き場所によって焼き色が変わる。途中で一度、パン同士の位置を入れ替えてやると、焼きむらがぐっと減ります。
向く生地と、向かない生地
フライパンは万能ではありません。得意と不得意が、はっきりしています。
向いているのは——
- 平パン:ピタやナン、トルティーヤのような薄い生地。火通りが速く、フライパンの独壇場
- ちぎりパン風の丸パン:生地を6個ほどに分割して丸め、並べて焼くスタイル。フライパンの上でそのまま二次発酵までできて、型もいらない
- イングリッシュマフィン系:粉・水・塩・イーストだけの生地を平たく両面焼きにするパンで、フライパンレシピが定番として数多くある
- 白パン:オーブンでも150〜160度の低温でそっと焼く種類。フライパンの穏やかな温度帯と好相性
向かないのは、バゲットやカンパーニュのような大型ハード系です。バゲットは230〜250度、カンパーニュでも210〜230度。この高温と焼きはじめの蒸気で一気に窯伸びさせ、クープ(表面の切り込み)を開かせ、バリッとした厚いクラストを作るパンです。フライパンの温度では、あの香ばしさにはどうしても届きません。ここは潔く、オーブンとパン屋さんの領分。
ちなみに、平たい生地という意味ではフォカッチャも好相性です。鋳鉄のスキレットなら外でも同じ理屈で焼けます。詳しくはスキレットで焼くキャンプフォカッチャの記事でどうぞ。
焦げは、根性ではなく道具で防ぐ
フライパンパンのつまずきどころは、ほぼ一点。底の焦げです。見張り続けるより、道具に任せましょう。
- クッキングシートを敷く:焦げつきを防ぐうえ、シートごと持ち上げて返せるので、やわらかい生地がつぶれない。おうちごはんのあんぱんレシピも、シートごと逆さに返す方法をとっています
- 厚手のフライパンを使う:薄手は火の当たりが強く、焦げやすい。厚手の金属は熱をためこみ、生地へゆっくり渡してくれます。蓄熱という、小さな窯の心臓部です
- 火を欲張らない:強火は「外は焦げて中は生」への最短ルート。物足りないくらいの弱火が正解
今夜試せる、基本のフライパン丸パン
最初の一鍋に、いちばんつぶしのきく配合を。26cmフライパンで、丸パン6個分です。
- 材料:強力粉150g/砂糖10g/塩2g/インスタントドライイースト2g/ぬるま湯95g前後(半分を牛乳にするとリッチな味に)/バターまたは油5g
- こねる:材料を混ぜ、なめらかになるまで10分ほどこねる
- 一次発酵:ラップをかけ、生地が2倍になるまで室温で30分〜1時間。時計より「2倍」が合図
- 分割・成形:6個に分けて丸め、とじ目を下にしてフライパンに並べる
- 二次発酵:蓋をして強火で20秒だけ温めたら火を止め、そのまま15分ほど。ひとまわり大きくなればOK
- 焼く:蓋をしたまま弱火で7分、裏返してさらに7分。両面きつね色で完成
夜9時に粉を出せば、日付が変わるずっと前に、蓋を開けた白い湯気と焼けた粉の匂いまでたどり着けます。一次発酵を冷蔵庫でひと晩(8時間以上)に置き換えれば、翌朝は焼くだけ。朝ごはんに焼きたて、が現実になります。
よくある失敗と、その直し方
- 底だけ焦げて中が生 → 火が強いか、生地が厚すぎ。弱火に落とし、大きく作りたいときは平たくのばす
- ぺたんこで目が詰まる → 発酵不足のサイン。寒い日は時間を延ばし、「2倍」を待ってから焼く
- 白っぽくて香ばしくない → 火が弱すぎるか予熱不足。次は予熱を忘れず、火をほんの少しだけ強めて様子を見る
- 上面がいつまでも生っぽい → 途中で蓋を開けすぎ。蒸気が逃げると、窯が窯でなくなります。片面7分は我慢
- 焼き色がまだら → コンロの火の癖です。途中でパンの位置を一度入れ替える
どれも二回目には直ります。フライパンは毎日さわっている道具。オーブンのダイヤルより先に、あなたの手がもう火加減を知っています。
窯は、もう台所にある
フライパンのパンには、オーブンにない身軽さがあります。思い立ってから食べるまでが近いこと。真夏の夜でも部屋が暑くならないこと。そしてこの「蓋と弱火」の理屈は、そのまま外へ持ち出せること——キャンプ場でメスティンひとつからパンを焼く話は、メスティンで焼くキャンプパンに書きました。今夜は粉150gと、いつものフライパンから。蓋の向こうでゆっくりふくらんでいく生地を眺める時間は、予熱ゼロで始められます。
参考情報源
- 日々のパン「基本のフライパンパン」 https://hibinopan.jp/recipe/fryingpan_bread/
- アサヒ軽金属工業「フライパンでパン作り!オーブンなしでもおいしいパンが焼ける!?」 https://www.asahikei.co.jp/column/ceap01001.html
- おうちごはん「オーブンがなくてもフライパンがあればパンは焼ける!フライパンパンに挑戦しよう」 https://ouchi-gohan.jp/4118/
- Nadia「【簡単おうちパン】フライパンでイングリッシュマフィン」 https://oceans-nadia.com/user/2/recipe/141238
- melkpan「パンを焼く温度の完全ガイド!種類別の目安と家庭用オーブンで失敗しないコツ」 https://melkpan.com/178/
