クリスマスが近づくと、南米ベネズエラの首都カラカスのパン屋には、ある惣菜パンを求める行列ができます。それが「パン・デ・ハモン(Pan de Jamón)」。やわらかな甘い生地に、ハム・レーズン・グリーンオリーブを巻き込んで焼き上げたロール状のパンで、ベネズエラの祝祭の食卓に欠かせない一品です。今回は、20世紀初頭に生まれたこのパンの来歴と、甘じょっぱい味わいの仕組み、そして日本の家庭で楽しむためのアレンジまでをまとめます。
カラカスのパン屋から始まった
パン・デ・ハモンの最初の記録は、1905年12月、カラカスのグラディーリャス(Gradillas)の角にあった「パナデリア・ラメッラ(Panadería Ramella)」の広告にさかのぼると伝えられます。考案者については資料によって表記の揺れがありますが、ベネズエラの食文化を追った記事では、医師でもありこのパン屋の主人だったルーカス・ラメッラ(Lucas Ramella)の名が挙げられています。英語版資料ではグスタボ・ラメッラ(Gustavo Ramella)の名で紹介されることもあります。
誕生のきっかけは、とても実用的なものでした。クリスマスに使った骨付きハムの、骨にこびりついて残った部分を無駄にしないため、小さく切ってパン生地に巻き込んで焼いた——それがパン・デ・ハモンの始まりだとされています。残り物を生かす知恵から生まれた一品が、その後ベネズエラを代表する祝祭のパンへと育っていきました。
図:パン・デ・ハモン誕生の流れ
レーズンとオリーブはあとから加わった
最初のパン・デ・ハモンは、ハムだけを巻いたシンプルなものでした。翌1906年以降、モントーバン商会(Montauban & Cía.)やソリス(Solís)など、カラカスの他のパン屋でも似たパンが作られるようになり、具材が少しずつ増えていきます。資料によると、まずレーズンが加わり、その後オリーブやケッパーが入るようになったとされ、1920年ごろまでにはオリーブやケッパーの塩気が定番化していきました。
オリーブやレーズンは、ベネズエラのクリスマスを代表するもう一つの料理「アジャカ(hallaca)」にも使われる食材で、もともとなじみのある組み合わせでした。こうして、塩気のあるハムとオリーブ、ほのかに甘いレーズン、そしてやや甘い生地が一体となった、独特の甘じょっぱい味わいが完成します。
図:パン・デ・ハモンの断面(巻きの構造)
甘じょっぱさが生む「祝祭の味」
パン・デ・ハモンの魅力は、やわらかくふんわりした生地と、塩気のあるハム、ブリッとしたオリーブの塩味、そして甘いレーズンが一つの口の中で出会うところにあります。生地そのものも卵やバター、砂糖を含んだほんのり甘いリッチな配合で、具材の塩気と対照をなします。この甘さと塩気のコントラストこそ、ベネズエラ料理を象徴する味の組み立てだといわれています。
図:甘味と塩味のバランス
ベネズエラのクリスマスのテーブルでは、パン・デ・ハモンは単品で主役を張るというより、アジャカ(hallaca)、豚肉のローストである「ペルニル(pernil)」、鶏肉のサラダ「エンサラダ・デ・ガジーナ(ensalada de gallina)」などと並んで食卓を彩る存在です。これらを家族で一緒に仕込むこと自体が、ベネズエラの年末の風物詩になっています。
日本の家庭での活かし方
パン・デ・ハモンは、特別な型がなくても、家庭の天板とオーブンで作れる「巻いて焼く惣菜パン」です。日本のキッチンで楽しむためのポイントを挙げます。
- 生地はリッチな配合で:強力粉・砂糖・バター・卵・牛乳・塩・イーストで、ほんのり甘い生地に。市販のロールパン生地やパン用ミックスを使えば手軽です。発酵時間が取れない日は、ピザ生地やパイシートで代用しても巻きやすくなります。
- ハムは普通のスライスハムでOK:日本で買いやすいロースハムやボンレスハムのスライスを、生地全体に重ならないよう並べます。骨付きハムは不要です。
- オリーブとレーズンは小さめに:種抜きグリーンオリーブを薄い輪切りに、レーズンは大さじ数杯を散らす程度から。塩気と甘みのバランスは、最初は控えめにして好みで調整を。
- 巻き方のコツ:生地を長方形にのばし、ハム→オリーブ→レーズンの順に散らして、手前からきつめにくるくる巻きます。巻き終わりを下にして、表面に溶き卵を塗ると照りが出ます。
- 焼成の目安:海外レシピでは、175℃前後で40〜45分、あるいは200℃前後で20〜35分など幅があります。家庭のオーブンでは中温(180〜190℃前後)で、表面がきつね色になり中まで火が通るまでを目安にし、焼き色を見ながら調整してください。
- 和のアレンジも:オリーブの代わりに刻んだ大葉や、レーズンの代わりにドライいちじく、ハムにスモークチキンを使うなど、入手しやすい材料で「甘じょっぱい巻きパン」として楽しめます。クリスマスの食卓に、いつもと違う一品として並べてみてはいかがでしょうか。
図:日本の家庭での組み立て手順
残り物のハムを生かす知恵から生まれ、100年以上かけて一国のクリスマスを象徴するパンに育ったパン・デ・ハモン。家庭で巻いて焼ける親しみやすさも、長く愛され続けてきた理由なのかもしれません。
