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オーストリアの帝国のパン「カイザーゼンメル」——五弁の星をまとうウィーンの白パン

2026年06月25日 読了時間 約9分
五弁の星模様のカイザーゼンメル

ウィーンの朝食やレストランのパンかごに、必ずと言っていいほど並ぶ丸いパンがあります。表面に五枚の花びらのような渦巻き模様(五弁の星)を刻んだ、皮はパリッと、中はふんわり軽い白パン——「カイザーゼンメル(Kaisersemmel)」です。ドイツ語で「皇帝(Kaiser)の小型パン(Semmel)」を意味するこのパンは、英語圏では「カイザーロール(Kaiser roll)」として知られ、オーストリアを代表する食卓のパンとして親しまれています。

今回は、この帝国の名を冠したパンの由来と、何より特徴的な「星の模様」がなぜあの形なのかを、事実に基づいて整理します。そして、日本の家庭でこの形と食感に近づけるためのヒントまで掘り下げます。

「皇帝のパン」という名前の由来

カイザーゼンメルの歴史は18世紀のウィーンにさかのぼります。「カイザー(皇帝)」の名は、当時この地を治めたハプスブルク家の君主たちにちなむとされます。英語版ウィキペディアによれば、宮廷画家マルティン・ファン・マイテンスが1760〜1770年ごろに描いた絵には、シェーンブルン宮殿の祝祭の食卓にこのパンが描かれており、女帝マリア・テレジアの宮廷ですでに供されていたことがうかがえます。

よく語られるのが「皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(在位1848〜1916)を称えて、王冠を思わせる五弁の形にした」という説です。ただしこれは時系列が合いません。「カイザーゼンメル」という語は少なくとも1825年には文献に登場しており、フランツ・ヨーゼフの治世よりずっと前から存在していたからです。名前の由来は特定の皇帝個人というより、ハプスブルクの権威全体への敬意と考えるほうが自然です。

このパンが当時いかに特別な存在だったかを示す逸話もあります。1789年、パン職人のギルドは皇帝ヨーゼフ2世に、ゼンメルを価格・重量の厳しい統制から外すよう請願しました。「この優れたパンを焼くには高い技術が必要で、画一的な規制はその技を妨げる」という主張が通り、ゼンメルの文化的価値が公に認められたのです。

図:カイザーゼンメルの3つの事実

👑 カイザーゼンメルとは 意味 皇帝(Kaiser)の 小型パン(Semmel) =帝国のパン 時代 18世紀ウィーン マリア・テレジアの 宮廷の食卓に 特徴 五弁の星模様 皮パリッ/中ふんわり 白い小麦パン

五弁の星——模様は飾りではなく「技術」

カイザーゼンメルを一目でそれと分からせるのが、表面の五分割の渦巻き模様です。中心から放射状に伸びる曲線で五つの区画に分かれ、王冠のように重なり合う花びら状に見えます。材料は白い小麦粉・イースト・モルト(麦芽。伝統的には大麦のモルト)・水・塩というシンプルな構成で、生地そのものは飾り気がありません。だからこそ、この模様がパンの個性を決定づけます。

重要なのは、この星模様が単なる装飾ではないということです。模様を刻む(あるいは折り込む)ことで生地の表面に張力が生まれ、発酵と焼成で生地が均等に膨らみます。結果として、中はふんわり軽く、外はパリッと香ばしい——あの理想的な食感が生まれるのです。見た目の美しさと焼き上がりの良さを両立させる、機能美のかたまりと言えます。

オーストリアでは、このパンは食品規格(オーストリア食品規格書 B18)に伝統食品として記載されています。そこには「五分割の星模様」「最低重量46グラム」「2時間以上の生地の休ませ」といった具体的な特徴が定義されており、いいかげんに作ったものは正式なカイザーゼンメルと名乗れない、という品質の約束ごとになっています。

図:五弁の星模様のしくみ

なぜ五弁の渦巻きなのか 中心から放射する5本の渦巻き 模様が生む効果 ① 生地の表面に張力が生まれる ② 均等にふくらむ ③ 皮パリッ・中ふんわり

模様の作り方——手で折る伝統と、型で押す効率

あの星模様を作る方法は、大きく二つあります。

ひとつは伝統的な「手折り(ハンドノット)」です。丸めた生地を平たい円に押し広げ、親指を生地の外側から中心に向けて置き、その親指にかぶせるように生地を折ります。親指の脇を押さえて折り目をつけ、これを少しずつ回しながら4回くり返し、5回目の折り目を最初に親指があった中央の穴に差し込みます。こうして五つの折り目が渦を巻く、あの王冠のような形が生まれます。職人技が要りますが、本場の手作りパン屋はこの手折りを「本物の証」として大切にしています。

もうひとつは「カイザースタンプ(型)」で押す方法です。金属製の星型を生地に押し当てて一気に模様をつけるやり方で、大量生産する現代のパン屋では効率の良いこちらが主流です。仕上がりは似ていますが、手折りのほうが立体感が出るとも言われます。

図:手で折る5ステップ

✋ 手折りで星をつくる 生地を平たい 円にのばす 親指を中心に 置く 親指にかぶせ て折る 回しながら 4回くり返す 5回目を中央 の穴に差す

日本の家庭でも作れる!——テーブルロールから一歩先へ

カイザーゼンメルは、実は日本の家庭でも十分に挑戦できるパンです。材料は強力粉(または準強力粉)・イースト・水・塩・少量の砂糖かモルトシロップと、ごく身近なものばかり。バターや卵をほとんど使わない「リーン(lean)」な配合なので、素材の味と焼き上がりの食感が勝負になります。

家庭で本場らしく仕上げるためのポイントを、嬉兆からの提案としてまとめます。

  • 皮をパリッとさせる蒸気:焼成のはじめにオーブン庫内へ蒸気を入れると、皮が薄く張ってパリッとします。天板の下段に熱湯を張った耐熱容器を置くか、霧吹きで庫内に水を吹くだけでも効果があります。
  • 模様は無理に手折りしなくてOK:手折りが難しければ、よく切れるナイフやクープナイフで中心から放射状に5本の浅い切り込みを入れるだけでも、あの雰囲気に近づきます。まずは形より「均等に膨らませる」ことを優先しましょう。
  • 2時間の休ませを惜しまない:本場の規格でも「2時間以上の生地の休ませ」が求められます。一次発酵をしっかりとると、軽くて口溶けのよいクラムになります。急がないことが、白パンをおいしくする最大のコツです。
  • モルトはなくても代用できる:大麦モルトが手に入らなければ、ごく少量のはちみつや砂糖で代えられます。皮の色づきと香ばしさを助ける役割なので、入れすぎないのがポイントです。

朝食にバターとジャムで、あるいは半分に切ってハムやチーズをはさんで——シンプルだからこそ毎日食べたくなる。「皇帝のパン」という大げさな名前とは裏腹に、カイザーゼンメルは家庭の食卓にいちばん似合うパンなのかもしれません。パン作りの道具や発酵管理の基本を押さえれば、ウィーンの朝の食卓が、あなたの台所にも再現できます。

参考にした情報源

  • Kaiser roll — Wikipedia(英語版・由来/食品規格B18/材料) https://en.wikipedia.org/wiki/Kaiser_roll
  • Austrian Style Bread Rolls – Kaiser Semmel — My Urban Treats(オーストリア式の作り方) https://myurbantreats.com/global-flavours/austrian-style-bread-rolls-kaisersemmel/
  • Artisanal Kaiser Rolls – Wiener Kaisersemmel — Zosia Culinary Adventures(手折りの手順) https://www.zosiaculinaryadventures.com/recipes/kaiser-rolls
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