早朝のフロリダの路地に、自転車のベルがちりん。籠のなかで揺れているのは、焼きたての細長いパンです。百年以上前のタンパでは、毎朝そんなふうにパンが玄関先のフックへ掛けられていきました。パン・クバーノ(Pan Cubano)は、「キューバのパン」と呼ばれながらキューバではなくフロリダで生まれた、ラード入りのやわらかい長いパンです。
この記事では、名前とちがう出自の物語から、バゲットとの違い、ヤシの葉を載せる独特のひと手間、そして日本の台所での作り方までを、参考記事を読み解きながら紹介します。
パン・クバーノとは
見た目はフランスパンの親戚のようで、細く、すらりと長いパンです。けれど、かじった瞬間に別物だとわかります。皮はパリパリと派手には砕けず、淡くて薄く、やさしく歯に当たる。その下の白い身はしっとりもちっとして、ちぎると内側がふわりと糸を引きます。バゲットの潔い乾いた歯ごたえとは、まるで違う性格です。
この違いを生むのは、生地に溶けこんだ一さじの脂——ラード(豚の脂)です。強力粉・水・イースト・塩・ほんの少しの砂糖に、ラードがひとさじ加わるだけで、身は柔らかくほどけ、皮は無理に固くならなくなります。粉と水だけの禁欲的なパンではなく、暮らしの脂を惜しまず使う、人間くさい一本なのです。
- 見た目:細く長い(バゲットに似た形)
- 皮:淡く薄い。パリパリではなく、やさしい歯当たり
- 中身:しっとり、もちっと。ちぎると糸を引く
- 味の決め手:一さじのラード(豚脂)
「キューバのパン」なのにキューバ生まれではない
不思議なことに、このパンはキューバで生まれていません。十九世紀の終わり、海を渡ってフロリダに根を下ろしたキューバ移民たちが、新しい土地で焼き上げたものです。
記録に残るいちばん古いパン屋は、一八九六年、タンパのイボー・シティに店を構えた La Joven Francesca。葉巻工場で栄えた移民の町の朝を、このパンが支えました。当時は一本三セントか五セント、新聞より安い値段だったといいます。故郷を離れた人が、故郷の名を冠したパンを焼く——その少しねじれた郷愁が、一本の細い背中に宿っています。
ヤシの葉で「筋」をつける理由
このパンでいちばん面白いのは、焼く前のひと手間です。成形して天板に並べたら、オーブンへ入れる直前、生地の背中に縦一本、細く裂いたヤシの葉(パルメットの葉)をそっと載せます。葉巻の葉を巻いて暮らしを立てていた町で、パン職人もまた一枚の葉を手にしていた——出来すぎた符合です。
なぜ葉を載せるのか。焼いているあいだ、生地のなかでは水分が蒸気に変わって暴れ、逃げ場を探します。逃げ場がないと、パンは思わぬ場所で横腹を裂いてしまう。これがブローアウト(横破裂)です。
そこで湿らせた葉を真上に縦一本、線を引くように置いておく。すると生地は葉の重みと湿りに沿ってきれいに縦の溝を刻み、蒸気はその溝を通り道と決めて上へ抜けていきます。焼き上がったパンの背にすっと走る一筋の割れ目は、飾りではなく破裂を防ぐ知恵の跡なのです。
- 葉を載せるのは焼く直前:早すぎると乾いてしまい、生地の表面まで乾くと溝がうまく決まらない
- 湿った一枚を、ちょうどよい瞬間に:これで縦一本の溝がきれいに決まる
作り方(日本の台所で)
日本の家にパルメットの葉はありません。でも、あの一本の道筋なら、ちゃんと引けます。材料も拍子抜けするほどささやかで、特別なものは何ひとついりません。
材料
- 強力粉
- 水
- イースト
- 塩
- ひとつまみの砂糖
- 一さじの脂(ラードが一番だが、ショートニングや無塩バターでも可)
脂は種類より「一さじ入ること」が肝心です。バターにすれば、ほのかに乳の香りがのって、日本の食卓になじむやわらかい一本になります。
手順
- 材料を捏ねる
- ふくらませる(発酵)
- 細長く成形する
- 背に縦一本の「道」を引く
- オーブンで焼く
葉のかわりに溝をつけるには
- 濡らしたタコ糸を一本、生地の背に縦に渡す(葉とまったく同じ理屈で溝ができ、蒸気の抜け道になる)
- 糸がなければ、ナイフで縦に浅くクープを一本入れるだけでもよい
要は、暴れる蒸気に「ここを通りなさい」と道を示してやること。それだけで横破裂はずいぶん大人しくなります。
焼き方のコツ
皮を淡く仕上げたいので、焼きの後半で高温や霧吹きに頼りすぎないこと。バゲットのように激しく焼き締めず、やさしく火を通します。「柔らかいバゲット」とでも思って向き合えば、距離はぐっと縮まります。
食べ方と、キューバサンドへの道
焼き上がったら、まだ温かいうちに横へ割ってみてください。淡い皮がほろりと崩れ、白い身からふわりと湯気が立ちのぼります。バターを薄く塗れば、脂を含んだ身がそれを素直に吸い込み、口のなかでとろりとほどけます。
このパンは、それひとつで完成形でありながら、同時に何かの「途中」でもあります。横に割ってローストポークやハム、チーズ、ピクルス、マスタードを挟み、プレスでぎゅっと平たく焼き締めれば——あのキューバサンドになります。移民の朝食だった一本が、やがてサンドイッチの土台として世界中の街角へ渡っていきました。その長い旅の出発点を、いまあなたは自分の台所で焼くことができます。
背中に一筋の溝が通った一本が焼けたら、それはきっと、百年前のフロリダの路地を走っていた自転車のベルの音と、どこかでつながっています。
よくある失敗と、その直し方
- 横腹が裂けてしまう → 蒸気の逃げ道がありません。焼く前に背へ縦一本、タコ糸かクープで溝をつけて。
- 皮が固く、バゲットみたいになる → 焼きの後半で高温や霧吹きに頼りすぎたのかも。やさしく火を通して、皮は淡く仕上げます。
- 身がパサつく、もちっとしない → 脂を入れ忘れていませんか。ラードでもバターでも、一さじが柔らかさの決め手です。
- 溝がうまく決まらない → 糸や葉を載せるのが早すぎたのかも。生地の表面が乾く前、焼く直前に湿ったものをそっと。
—
参考にした情報源
- Savor the Flavour「Homemade Cuban Bread (Pan Cubano)」 https://savortheflavour.com/homemade-cuban-bread-pan-cubano/
- The Baking Cuban「Pan Cubano」 https://www.bakingcuban.com/post/pan-cubano
- Global Table Adventure「Recipe: Cuban Bread (Pan Cubano)」 https://globaltableadventure.com/recipe/recipe-cuban-bread-pan-cubano/
- iCuban「Pan Cubano」 https://icuban.com/food/pan_cubano2.html
- Tia Cusa’s Kitchen「Cuban Bread (Pan Cubano)」 https://tiacusaskitchen.com/cuban-bread-pan-cubano/
