世界のパンニュース

「伝統バゲット」の掟 1993年フランス「パン令」と自宅で近づける道具

2026年06月11日 読了時間 約11分

※本ページにはアフィリエイト広告(PR)が含まれています。

紙袋に入った焼きたてのフランスパン(バゲット)

焼きたてのバゲットを割ったときの、あのパリッという音。実はフランスの「pain de tradition française(パン・ド・トラディシオン・フランセーズ=フランス伝統パン)」には、その味わいを守るための明確なルールが、なんと法律で定められているんです。それが1993年9月13日付のデクレ第93-1074号、通称「décret pain(デクレ・パン=パン令)」。冷凍処理なし、添加物なし、原則として小麦粉・水・塩だけ——この厳格な定義が、いまも職人ベーカリーの土台になっています。2023年には制定30周年を迎えたこの法律と、その精神にご家庭で近づくための道具を、一緒に見ていきませんか。

「フランス伝統パン」は法律で守られている

「pain de tradition française」という名前は、実は誰でも自由に名乗れるものではないんです。1905年8月1日法の適用として制定されたデクレ第93-1074号(1993年9月13日付)が、その条件をきちんと定めています。

デクレ第2条によれば、この名称(や同等の呼称)で販売できるのは、次の条件を満たすパンに限られます。

  • 製造過程で一切の冷凍(surgélation=シュルジェラシオン)処理を受けていないこと
  • いかなる添加物(additif=アディティフ)も含まないこと
  • 製パン用小麦粉(farines panifiables de blé)・飲用水(eau potable)・食塩(sel de cuisine)のみを混ぜた生地を焼いたものであること

おもしろいのは、形は問われないという点です。つまり「伝統パン=バゲット」と思われがちですが、この法律が定めているのは形ではなく、あくまで製法と材料による名称なんですね。バゲットという形そのものは、別の規定(1995年12月12日付の政令など)で扱われています。

発酵についても決まりがあります。生地は製パン用酵母(levure de panification、いわゆるイースト)と、ルヴァン(levain=サワー種、自然に培養した発酵種)のいずれか一方、または両方で発酵させなければなりません。

補助的な粉として、小麦粉の重量に対してそら豆粉(fèves)を最大2%、大豆粉(soja)を0.5%、小麦モルト粉(malt de blé)を0.3%まで加えることが認められています。逆に言えば、それ以外の「足し算」は許されない、ということなんですね。

「ルヴァン」と「自家製パン」の定義もある

このデクレは、発酵種であるルヴァンそのものまで定義しているんですよ。第4条によれば、ルヴァンは小麦粉とライ麦粉(またはそのいずれか)と飲用水からなり、自然発酵させた生地のこと。最終的なミキシングの時点で、製パン用酵母を最大0.2%まで加えることは許容されています。完全な自然発酵に、ごく少量のイーストを補助的に足すことまでは認める、という丁寧な線引きですね。

さらに同じデクレは「pain maison(パン・メゾン=自家製パン)」という呼称も定義しています。これは、消費者へ販売する場所で、こね・成形・焼成の全工程を行ったパンにだけ与えられる名前です。冷凍生地を仕入れて焼くだけのお店は、この「自家製」を名乗れないんですね。

全国製パン・製菓連盟(Confédération Nationale de la Boulangerie-Pâtisserie Française)も、伝統パンは添加物・冷凍処理なしで、小麦粉・飲用水・食塩のみを材料とし、酵母とルヴァンのいずれか/両方で発酵させるものだと説明しています。

ではなぜ、ここまで細かく決めるのでしょう。この「パン令」はエドゥアール・バラデュール政権下の1993年9月13日に公布されたもので、量産パンやスーパーで売られるパンとの差別化によって、職人のベーカリーを保護することを狙いとしていたとされています。シンプルな材料と製法を法律で守る——それが、フランスのパン文化をずっと支えてきたわけですね。

自宅でバゲットを焼くための道具

材料がシンプルだからこそ、仕上がりは技術と道具に左右されます。だからこそ道具選びが楽しいんですよね。米国の権威ある製パン情報源 King Arthur Baking は、ご家庭でバゲットを焼く際の基本道具をいくつか挙げています。

まず欠かせないのが、クープ(切れ込み)を入れる専用の刃「ラム(lame、英語で baker’s lame)」です。湾曲した刃が、刃を適切な角度に当てる助けになり、深く非対称の「耳(ear)」を作りやすくしてくれます。King Arthur Baking は替刃(両刃カミソリ)を常備しておくこともすすめています。

そのほかに挙げられているのが、次の道具たちです。

  • 🍞 クーシュ(couche):成形後の生地を発酵中に支える厚手の麻布
  • 🍞 転写ピール(transfer peel):発酵させた生地を移すための道具
  • 🍞 ピザピール:オーブンに生地を入れるための道具
  • 🍞 ベーキングストーン:あらかじめ予熱しておく焼成用の石板

バゲットの「皮」は、焼成初期の蒸気が命。家庭オーブンでも蒸気を足し、焼き上がりを支える道具をそろえておきましょう。

もうひとつの課題が、スチーム(蒸気)です。プロの窯と違って、家庭用オーブンには蒸気噴射装置がなく、庫内の空気は換気で逃げてしまいます。そこで、自分で蒸気を作ってあげる必要があるんですね。King Arthur Baking が紹介しているのは、鋳鉄パンを庫内に予熱しておき、生地を入れた直後にそこへ熱湯を注いで蒸気を立てる方法です。

焼成の一例として、King Arthur Baking のクラシック・バゲットのレシピでは、450°F(約232℃)で24〜28分、ごく濃いきつね色になるまで焼きます。鋳鉄パンを庫内の底(または最下段)に置いて熱湯を注ぎ、スチームを発生させます。焼成前には、ラムまたは非常に鋭利なナイフを約45度に傾け、各バゲットに3〜5本の縦長の切れ込みを入れてあげましょう。

ただし、この温度・時間はあくまでアメリカの一情報源によるレシピの一例であって、フランス伝統バゲットの唯一の公式手法ではない、という点は押さえておきたいところです。

日本の家庭での活かし方

まず嬉しいのは、フランス伝統パンの「掟」が、日本のご家庭でもそのまま守りやすいことなんです。必要なのは小麦粉・水・塩、そしてイーストかルヴァン(サワー種)だけ。添加物や冷凍に頼らないという原則は、ご家庭の手ごねパンととても相性が良いんですよ。「自分のキッチンで、こねから焼成まで全部やる」という意味では、ご家庭で焼くパンはまさに pain maison(自家製パン)の精神そのもの、と言えそうですね。

道具については、すべてを一度にそろえる必要はありません。全体像をつかむにはパン作りに必要な道具一覧が役立ちます。優先順位をつけるなら、まずはクープ用の刃から始めてみませんか。専用のラムがなくても、研究結果にある通り「非常に鋭利なナイフ」を約45度に傾けて切れ込みを入れる方法が紹介されています。よく切れる刃を約45度に当てる、という角度のコツだけでも、仕上がりはぐっと変わってきますよ。

クーシュ(発酵布)は、目の詰まった厚手の麻や綿のリネン布で代用しやすいのが嬉しいポイントです。生地どうしがくっつかないよう布をひだ状に立てて支える役割なので、まずはお家にある清潔な厚手の布で試してみてから、専用品を検討するのが現実的だと思います。

スチームについては、家庭用オーブンに蒸気装置がないのは日本でも同じこと。鋳鉄パンを予熱しておき、生地を入れた直後に熱湯を注ぐ方法は、日本の一般的な家庭オーブンでもそのまま応用できる発想です。鋳鉄鍋の蓄熱と蒸気を活かす焼き方はダッチオーブンでパンを焼く完全ガイドでも詳しく扱っています。やけどには十分に気をつけながら、扉の開閉を素早く行ってみてくださいね。

焼成温度は、研究結果が示すのは約232℃の一例まで。お使いのオーブンの最高温度や癖に合わせて、「ごく濃いきつね色になるまで」という仕上がりの目安を頼りに調整してみるとよいですよ。ベーキングストーンがあれば底面の火通りが安定しますが、なければ厚手の天板をしっかり予熱して代用する、という考え方も同じ方向性です。

まとめ

フランスの「伝統パン」は、1993年の「パン令」によって、冷凍なし・添加物なし・小麦粉と水と塩を基本とする、と法律で守られています。発酵はイーストかルヴァン、あるいはその両方。補助粉もそら豆粉・大豆粉・モルト粉にごく少量だけ許される——このシンプルさが、職人のパンをずっと支えてきたんですね。ご家庭でその精神に近づくなら、材料をシンプルに保ち、クープ用の鋭い刃、発酵を支える布、そして熱湯と鋳鉄パンによる自前のスチームから始めてみませんか。法律が守ってきた「素材と手仕事」は、日本の台所でも十分に追いかけられます。さあ、あなたのキッチンでも、あの香ばしい一本を焼いてみましょう。

参考にした情報源

← 前の記事
元精神科医が焼くドイツ黒パン|ライ麦の実を煮て練り込む「Brot & Bread」のサワー種術
次の記事 →
サワードウは「生地温度×膨張率」で測る——米オハイオの独学ベイカーが広める“数字で焼く”発酵術

🍞 この記事を読んだ人は、次の1本へ

同じテーマ・同じ国の記事から、続けて楽しめる一本をお届けします。

パールシュガーをのせたスウェーデン風シナモンバン
▶ 続けて読む 北欧
10月4日は「シナモンバンの日」 スウェーデンのフィーカと巻きパン文化
6/11