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家庭医が突き詰めた「数値で焼く」サワー種パン——der Brotdocに学ぶ温度・時間の几帳面メソッド

2026年06月11日 読了時間 約10分

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焼き上がったライ麦パンとスライス

「だいたい1時間くらい発酵」「ぬるま湯で適当に」——そんな“ふんわり”レシピに、もう一歩踏み込みたい方へ。ドイツでもっともよく知られたパンブログの一つ「der Brotdoc(デア・ブロートドク)」の主は、なんと現役の家庭医(Hausarzt)。診療のかたわら、サワー種と本格ライ麦パンのレシピを「温度何度・何時間」と数値で書き切る、几帳面そのものの作り手です。特別な材料を足すのではなく、温度計1本と時間の使い方だけで、香り高く胃にもたれにくいパンを家庭で焼く——「こんな攻め方があったのか!」という発見を、今日はお届けします。

患者を診る医師が、サワー種を“処方”する——der Brotdocという人

ブログ「der Brotdoc」を運営するのは、Dr. Björn Hollensteiner(ビョルン・ホレンシュタイナー)さん。ドイツ・ミュンスターラント地方の家庭医(一般医)で、診療の合間に家庭用のパンレシピを開発しています。活動拠点は、ノルトライン=ヴェストファーレン州ゾースト郡リッペタール(Lippetal)周辺です。

パン作りを始めたのは2010年。きっかけは、ドイツのパン屋でフランスで食べたようなおいしいバゲットに出会えず、「それなら自分で焼こう」と思ったことだったそうです。翌2011年秋にブログ(brotdoc.com)を開設し、今ではドイツで最もよく知られたパンブログの一つに数えられるまでになりました。

著作も本格派です。2015年には、SPIEGELベストセラー著者であるLutz Geißler(ルッツ・ガイスラー)さんと共著で『Brotbackbuch Nr. 2』(Verlag Eugen Ulmer)を出版。25の基本レシピをそれぞれ4通り(イースト/サワー種、ノーニード/一晩発酵)に展開し、約100もの日常レシピを収めた一冊です。2020年には単著『Der Brotdoc – Gesundes Brot aus meinem Ofen』(Christian Verlag)を出し、65のレシピを収録。この本は約50ページを材料・穀物の構造・発酵法・道具といった理論にあてており、初心者から経験者までを射程に入れています。地元リッペタールでは、サワー種とパン作りの講習(Brotbackkurse)も開いています。

編集部として注目したいのは、その思想の硬派さです。白小麦粉・全粒粉・イースト・サワー種をイデオロギー的に区別せず使い、ライ麦パンに比重を置いて西ドイツ/ヴェストファーレン地方のパン伝統を扱う。そして「古代穀物が現代品種より本質的に優れている」という流行の主張には与せず、消化のよさ(Bekömmlichkeit)は穀物の種類よりも製法=発酵こそが重要だ、という立場を明確にとっています。医師らしく、雰囲気ではなくメカニズムで語る人なのです。

主役は「材料」ではなく「時間」と「温度」——消化のよさを設計する

der Brotdocのメソッドの核は、少量のイースト × 長時間発酵という考え方です。市販イーストはごく少量にとどめ、その代わりに生地へ長い熟成時間——一晩から数日の低温長時間発酵や、前種(Vorteig)——を与えます。十分に熟成させた生地では、消化されにくい糖などが分解され、多くの人にとってより消化しやすいパンになる、という発想です。

ここがこのブログの面白いところで、特別な材料を一切足しません。主役はあくまで「時間」。それだけで、香り豊かで胃にもたれにくいパンが家庭でも焼ける、というわけです。

そしてライ麦を扱うときに効いてくるのが、温度の管理です。ライ麦比率の高いパン、あるいはライ麦のみのパンを焼くとき、der Brotdocはライ麦サワー種を温かい温度帯——およそ27〜30℃前後——で素早く熟成させます。ライ麦サワー種はこの温度を好み、酸味が穏やかでバランスのとれた風味になるのだそう。「ライ麦パンが酸っぱくなりすぎる」という、多くの人がぶつかる失敗が、じつは温度という一点でコントロールできると気づかせてくれます。

「数値で焼く」を実践するなら、まず測れる環境から。生地温度とオーブン内の温度を見える化すると、再現性が一気に上がります。


数値で書かれたレシピと、「焼いてすぐ切らない」という最後の作法

der Brotdocのレシピは、とにかく数値が具体的です。たとえば看板レシピの一つ、ライ麦サワー種を使う「Börde-Brot(ベルデ・ブロート)」では、工程がこう示されます。サワー種は室温で約6時間。本捏ね後にひと休みさせ、成形して型に入れたら25〜26℃で約2.5〜3時間発酵。オーブンは240℃に予熱して投入し、入れたらすぐ210℃へ下げて約60分焼く——といった具合です。

「だいたい」で終わらせず、各工程の温度と時間がはっきり指定されているので、レシピ通りに再現しやすいのが魅力です。温度計が1本あれば、家庭でもプロ的な工程管理ができる。感覚に頼らず数字で追えるというのは、再現性を何より大事にする本格志向の方にとって、心強い設計だと思います。

そして最後に、地味ですが決定的な作法があります。ライ麦主体のパンは、焼き上がってもすぐに切らないこと。最適なクラム(中身)の状態にするには、24時間ほど休ませてから切るのが理想とされます。焼きたてを切りたくなる衝動をぐっとこらえるだけで、生地が落ち着き、べたつかないきれいな断面になる。製法を変えなくても仕上がりが一段上がる、覚えておきたいひと手間です。

🍞 イーストは少量、主役は「時間」 🍞 ライ麦サワー種は27〜30℃で温かく育てる 🍞 工程は温度+時間の数値で管理 🍞 ライ麦パンは焼いてから24時間寝かせて切る

日本の家庭での活かし方

このメソッド、日本の台所に持ち込むと、むしろ追い風が吹く場面があります。

まずです。日本は軟水が中心で、ミネラルの多い硬水とは生地への当たり方が変わると一般に言われます。ただ、der Brotdocのライ麦パンの考え方は「グルテンの強さ」よりも「サワー種と酸、そして温度で生地をまとめる」方向に立っているので、グルテンの硬軟が主役になりにくいぶん、軟水の日本でも気負わず始めやすいのではないか、というのが編集部の見立てです。大切なのは、むしろ温度のほう。ここでこそ温度計が活きてきます。

そこで日本の気候に合わせた温度管理を提案します。ライ麦サワー種が好む27〜30℃は、梅雨〜夏の高温多湿の時期なら常温でも届きやすい一方、放っておくと酸が立ちすぎることも。生地温度をこまめに測り、上がりすぎたら早めに次の工程へ移すか、冷蔵庫の野菜室で発酵を緩めると失敗が減ります。逆に冬の底冷えの時期は、室温だと27〜30℃に届きません。そんなときは、お使いのオーブンレンジの発酵機能や、炊飯器の保温を布巾越しに弱く使う方法で温度を底上げを。いずれの季節も、判断のよりどころは「数字」。季節ごとの数値の目安は季節別の発酵温度コントロール完全ガイドで確認できます。der Brotdocの几帳面さは、四季のある日本の家庭と相性抜群です。

もう一つ、和の発酵との地続き感も楽しんでほしいところです。ライ麦サワー種を温かく短時間で立ち上げる感覚は、日本でなじみのある米麹や甘酒、酒種の世界とよく似ています。酵母や乳酸菌が生地の中で何をしているのかは発酵とは?パン作りの基礎知識で基本から解説しています。編集部としては、まずは国産ライ麦のサワー立ち上げの呼び水に、甘酒や米麹をごく少量だけ足してみる実験が面白いと感じます(量は控えめから)。仕上げに黒糖やきなこ、味噌をほんの少し合わせれば、ヴェストファーレンの黒い穀物パンと和の発酵食材が出会う、ここでしか焼けない一斤になります。

まとめ

der Brotdocが教えてくれるのは、「特別な材料より、時間と温度こそがパンの質を決める」という、医師らしく明快な思想です。少量イーストと長時間発酵で消化のよさを設計し、ライ麦サワー種は27〜30℃で温かく育て、工程は数値で管理し、焼いたら24時間寝かせて切る。どれも才能ではなく、知っているかどうかの差です。軟水と国産小麦・ライ麦、四季の気候という「ご自宅の条件」に温度計1本で向き合えば、ドイツの硬派なサワー種文化が、あなただけのオリジナルなパンへと育っていきます。まずは、生地の温度を一度きちんと測ってみる——そのひと手間から始めてみませんか。

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