ベルギーの朝のパン屋。こんがり艶のある山型のパンを切ってもらうと、断面のあちこちからレーズンが顔をのぞかせます。これがクラミック——卵とバターと牛乳で仕込む、ブリオッシュ系の甘い食事パンです。焼き色の香ばしさとレーズンの甘みに、バターをたっぷり塗って頬ばるのがベルギー流。この記事では、クラミックの正体と歴史、そっくりな兄弟「クラクラン」との違い、そして日本の台所で焼くための配合とコツを、参考記事を読み解きながら紹介します。
クラミックとは — レーズン入りの、軽やかなブリオッシュ
クラミック(Cramique)は、フランス語圏のベルギー(ブリュッセルやワロン地域)を中心に、フランドル語では「クラミーク(kramiek)」の名で親しまれるパン。北フランスやルクセンブルクでも食べられています。ベルギーではたいていのパン屋に並ぶ定番で、聖ニコラの祝日やアドヴェント(待降節)の時期にはとくに人気が高まり、クリスマスマーケットでは、ドイツのシュトレンのような「この季節の顔」になるのだそうです。
中身は、白い小麦粉・卵・バター・砂糖で作る発酵生地にレーズンを散らしたもの。ただし本家のブリオッシュほどバターは重くなく、砂糖もひかえめ。「甘いパン」というより「ほんのり甘い食パン」に近い立ち位置です。だからこそ、薄く切ってバターを塗る、ジャムをのせる、あるいはリンゴと洋ナシを煮つめたベルギー名物「リエージュシロップ」を塗る——と、上にのせるもので朝ごはんにもおやつにもなります。翌日はトーストにすると、また香ばしさが立ちます。
「ごちそう」だった時代 — 名前の由来は諸説あり
名前のルーツには諸説あります。14世紀のランス(現在の北フランス)の記録に残る古いフランス語「cramiche」に由来するという説、「クレーム(クリーム)」と「ミッシュ(丸い大型パン)」が縮まったという説。確かなことは分かっていませんが、いずれにせよ古い言葉であることは間違いなさそうです。
19世紀のベルギーでは、クラミックは日常のパンではなく、クリスマスや聖人の祝日、公現祭といったハレの日のごちそうでした。作家カミーユ・ルモニエは1873年の物語で、子どもたちの夢をこう書いています——「天国ではクラミックとバターを」(Jamie Schler氏の記事より)。バターを塗ったクラミックが、天国のごほうびに数えられるほどの特別な一枚だったわけです。当時は家族の人数に合わせて1〜2kg級の大きなかたまりで焼かれていたといいますから、切り分ける瞬間はさぞ賑やかだったでしょう。
クラクランとの違いは「レーズンか、砂糖か」
ベルギーには、クラミックとうりふたつの「クラクラン(craquelin)」というパンがあります。違いは中身。クラミックがレーズン入りなのに対し、クラクランはあられ糖(パールシュガー)——リエージュワッフルに入っている、あの溶け残る粒砂糖——を混ぜ込みます。焼くと粒の外側がとろりとカラメル化して、噛むとじゃりっと甘い。
もっとも、この線引きは家庭によってゆるやかで、レーズンとあられ糖の両方を入れたクラミックを焼く家やパン屋も多いのだとか。「うちのクラミックはこう」がそれぞれにある、おおらかなパンです。
家庭での配合
参考記事の配合をもとに、日本の材料に置き換えるとこうなります。1斤型(または大きめのパウンド型)1本分の目安です。
- 強力粉 500g(軽くしたければ薄力粉を1〜2割置き換え)
- 牛乳 250ml(人肌に温める)
- バター 100g(室温にもどす)
- 卵 1個+砂糖 50g+塩 小さじ1
- インスタントドライイースト 10g
- レーズン 130g
- あられ糖(ワッフルシュガー)70g(なければ省略し、レーズンを増やしてもOK)
- 照り用:卵黄1個+牛乳 小さじ1〜2
作り方 — レーズンは「ふやかして、しっかり切る」
- レーズンの前処理:ぬるま湯に浸してふっくらもどし、ざるにあげて水気をしっかり切っておきます。乾いたままだと生地の水分を吸い、濡れたままだと生地がべたつく——地味ですが大事な一手間。
- 生地をこねる:温めた牛乳の一部にイーストと砂糖ひとつまみを溶かして予備発酵。粉・塩・砂糖・卵・残りの牛乳と合わせてこね、なめらかになってきたら室温のバターを数回に分けてこみます。
- 一次発酵:2倍になるまで、およそ1〜2時間。
- レーズンを混ぜる:発酵した生地にレーズン(と、あられ糖)を折り込むように混ぜます。こね上げの最後に入れるのがコツ。
- 成形・二次発酵:型に入れて、ふたたび2倍近くになるまで45分〜1時間。
- 焼成:表面に卵黄+牛乳を塗り、180℃のオーブンで約35分。こんがり金色になれば焼き上がりです。
焼いている間、台所にはバターと干しぶどうの甘い匂いが満ちます。焼き上がりを網にのせて冷ます時間が、いちばんの我慢どころ。
よくある失敗と、その直し方
- レーズンのまわりの生地がべちゃっとする → もどしたあとの水切り不足。キッチンペーパーで軽く押さえるくらいで。
- 表面のレーズンが黒く焦げる → 成形のとき、顔を出した粒を生地の中へ指で押し込んでおくと防げます。
- バターを入れたら生地がだれてまとまらない → 入れるのが早いか、一度に入れすぎ。生地がつながってから、少しずつ。
- 思ったより甘くない → それで正解。クラミックはもともと甘さひかえめで、バターやジャムを「のせて完成」のパンです。
まずは、バターを厚めに
焼き上がったら、ほんのり温かいうちに一枚。バターは遠慮せず、厚めにどうぞ。「天国ではクラミックとバターを」——150年前のベルギーの子どもたちがあこがれた組み合わせは、いま日本の台所でもそのまま再現できます。翌朝はトーストにして、じゅわっと溶けたバターとレーズンの甘みで、もう一度。週末の仕込みにちょうどいい、やさしい一本です🍞
