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ポルトガル・マデイラ島のボーロ・ド・カコ(Bolo do Caco)— 火山の石で焼く、さつまいも生地の円盤パン

2026年08月10日 読了時間 約9分
マデイラ島の円盤パン、ボーロ・ド・カコ

大西洋に浮かぶポルトガル領マデイラ島。祭りの夜、屋台の黒い焼き台の上で円盤形の生地がじゅうと鳴り、ニンニクとバターの香りに人だかりができます。あの香りの主——ボーロ・ド・カコは、さつまいも入りの生地を「カコ」と呼ばれる玄武岩の板で焼き上げる、マデイラ島の顔ともいえる円盤パンです。外は薄くパリッ、中はふんわり、噛むとほのかに甘い。

この記事では、石がオーブンの代わりになった火山島の焼成文化、ガーリックバターとプレゴ(牛肉サンド)という二大の食べ方、そして日本のフライパンで再現するコツまで、参考記事を読み解きながら紹介します。

「カコ」は、パンではなく石の名前

まず名前から。「ボーロ(bolo)」はポルトガル語でケーキやお菓子のこと。日本の卵ボーロの「ボーロ」も、南蛮貿易の時代にこの言葉から来ています。直訳すれば「カコのケーキ」。なのに実体は、甘いお菓子ではなく食事パンです。ケーキと呼びたくなるほど、ふんわり甘い生地だった——そう考えると腑に落ちます。

では「カコ(caco)」とは何か。こちらはパンでも生地でもなく、焼くための玄武岩の平たい石のこと。マデイラは火山が生んだ島で、黒い玄武岩がどこにでもあります。この石の板を熾火の上でかんかんに熱し、生地を直接のせて焼く——窯のない台所では、島の石そのものがオーブンでした。パンの名が、材料ではなく「焼く道具」から付いた、というわけです。

今では玄武岩の代わりに鋳鉄板や厚手のフライパン、なんとコンクリート平板で焼く作り手もいるそうです。道具は変わっても、「熱い平面に生地を直にのせる」原理は同じ。この原理の丸パンは世界のあちこちにあって、スコットランドのバノックもその仲間です。窯を持たない台所の知恵は、海を隔てていても似てくるようです。

さつまいもは、大航海時代に海を渡ってきた

このパンのもうひとつの主役が、生地に練り込まれる茹でさつまいも。中南米原産のさつまいもは大航海時代にヨーロッパへ渡り、マデイラには17世紀ごろに根付いたとされます(もっと早いという説もあります)。

なぜ芋をパンに入れたのか。答えは切実で、小麦の不足です。急斜面ばかりのマデイラでは穀物がたびたび足りなくなり、島の作り手たちは、茹でて潰したさつまいもで粉を補うことを覚えました。ところがこの間に合わせが、しっとりした口当たりとほのかな甘みを生地に与え、いつしか島の誇りになった——ボーロ・ド・カコの物語で、いちばん美味しいところです。ポルトガル本土の北部には、同じ悩みをとうもろこし粉で解決したブロアというパンがあります。島は芋で、本土はとうもろこしで、足りない小麦を補った。ポルトガルのパンは工夫の博物館です。

発祥には諸説あります。観光局の資料は、隣の小さなポルト・サント島で余ったパン生地の活用から生まれたと紹介していますが、マデイラ本島にも元祖を名乗る人は多く、ポルト・サント流は「発酵を2回でなく3回とる」のが流儀なのだとか。どちらが先かは、正直なところ分かりません。両島が「うちの子」と言い合うほど愛されている、と受け取るのがよさそうです。

屋台では、ガーリックバターをたっぷりと

マデイラでの食べ方は、潔いほどシンプル。焼きたてを横半分に割り、バター+刻みニンニク+パセリを練ったガーリックバターをたっぷり塗る。熱で溶けたバターが気泡に染み込み、ひと口目からニンニクの香りが鼻に抜けます。祭りの屋台では焼き台から下ろしたそばから手渡され、地元の人も観光客も立ったまま頬張るのが流儀。観光局が「島の伝統と文化を体現する」と紹介する、マデイラの国民食です。

もうひとつの顔が「プレゴ(prego)」。叩いて薄くのばした牛ステーキを、ガーリックバターを塗ったボーロ・ド・カコに挟むサンドイッチです。プレゴはポルトガル語で「釘」。肉を叩いてやわらかくする仕込みに由来するといわれます。肉はニンニクとローリエ、塩こしょうで下味をつけ、オリーブオイルで焼くのが定番。店では肉とバターだけの「ノーマル」、チーズ・ハム・レタス・トマト入りの「スペシャル」、さらに目玉焼きをのせる贅沢版と段階が選べます。ほかにタコや牛串焼き(エスペターダ)、とうもろこし粉を固めて揚げたミーリョ・フリットを挟む店もあり、島では「何でも受け止める器」なのです。

売場に並ぶマデイラ島のボロ・ド・カコ。丸く平たいパンにチョリソーを挟んだ現地の定番スタイル
Photo: Kostia/Wikimedia Commons(CC0)

日本の台所で:フライパンとさつまいもで再現する

玄武岩がなくても大丈夫。現地でも今は鋳鉄板や厚手のフライパンで焼くのが普通です。参考記事のレシピ(さつまいもと粉が同量)を、日本の台所向けに換算しました。

材料(直径15cmほど・2枚分)

  • さつまいも:正味200g
  • 強力粉:200g
  • ドライイースト:4g
  • 塩:4g
  • さつまいもの茹で汁:120〜130ml(人肌に冷ます)

手順

  • さつまいもは皮をむいて柔らかく茹で、熱いうちになめらかに潰す。茹で汁は捨てずに取っておく
  • 芋の粗熱が取れたら粉・イースト・塩と合わせ、人肌の茹で汁を少しずつ加えてこねる。耳たぶくらいのやわらかさが目安
  • 丸めてボウルに入れ、40分〜1時間、ふっくら倍量になるまで発酵
  • 2分割して丸め直し、手のひらで厚さ2〜3cmの円盤に。15〜20分休ませる
  • 油をひかないフライパンを中火で予熱し、火を少し落として片面5〜10分ずつ。両面をこんがり焼く
  • 熱いうちに横に割り、バター+おろしニンニク+刻みパセリを塗る

焼いている間、台所にはさつまいもの甘い湯気と粉の香ばしさが立ちこめます。焼き上がりを指で押すと、薄い皮がパリと鳴って中がふわりと戻る。それが合図です。

よくある失敗と、その直し方

  • 生地がべたついてまとまらない → さつまいもの水分は品種差が大きい(しっとり系の安納芋・紅はるかと、ほくほく系の紅あずまでは別物)。茹で汁は最初から全量入れず、生地を見ながら加減を。べたつく生地は、手に薄く油を塗ると扱えます
  • 外は焦げたのに中が生 → 厚すぎるか、火が強すぎ。厚みは3cmまで、じれったいくらいの弱めの中火で。竹串を刺して生地がつかなければ合格
  • 膨らまず、ずっしり重い → 茹で汁が熱いままだとイーストが働けません。指を入れて「気持ちいいお風呂」くらいまで冷ましてから
  • 芋のダマが残る → 冷めた芋は潰れにくくなります。茹で上がりの熱々のうちに潰しきるのが近道

一枚目で完璧を狙わなくて大丈夫。芋と粉の付き合い方は、二枚目からぐっと上手くなります。

島の石を、台所の鉄に持ち替えて

大航海時代に海を渡った芋と、火山が島に置いていった石。その二つが出会って、この円盤パンは生まれました。日本のフライパンは、いわば現代のカコ。休日の午後、さつまいもをひとつ茹でるところから始めてみてください。焼きたてを割ってガーリックバターを塗り、湯気ごと頬張れば——大西洋の祭りの匂いが、ふっと台所に立ちのぼるはずです。

参考情報源

  • 196 flavors https://www.196flavors.com/portugal-bolo-do-caco/
  • Times of Madeira https://www.timesofmadeira.com/bolo-do-caco
  • Visit Madeira(マデイラ諸島観光局公式) https://visitmadeira.com/en/what-to-do/food-and-wine-enthusiasts/traditional-madeira-food/bolo-do-caco/
  • Madeira Best Blog https://blog.madeira.best/prego-in-bolo-do-caco
  • Wikipedia(英語版)Bolo do caco https://en.wikipedia.org/wiki/Bolo_do_caco
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