夜に仕込んで冷蔵室に入れた生地が、朝になってもほとんど大きくなっていない。オーバーナイト発酵の基本を読んで試した人から、いちばん多く届くのがこの相談です。
先に言っておくと、この生地はまだ死んでいないことが多い。冷蔵発酵がふくらまないときに止まっている場所は、だいたい3つのどれかです。イーストが働けない状態だったか、冷蔵室が冷たすぎて助走もなかったか、出してからの時間が足りていないか。この記事では、その3つを順に切り分けて、今日の生地を救う手順と、次に直す数字をまとめます。

まず、どこまでふくらんでいれば「順調」なのか
切り分けの前に、ものさしを合わせておきます。冷蔵発酵の生地は、冷蔵室に入れる前に室温で30分〜1時間置いて1.5倍ほどになり、翌朝に2倍前後。製菓材料店の解説では、冷蔵前の2〜2.5倍を取り出す目安にしています。つまり「冷蔵庫の中でぱんぱんに張る」のが正解で、入れたときの大きさのままなら、どこかで止まっています。
ただし、1.3倍くらいにはなっている、押すと少し弾力があって表面に小さな泡がある、という生地は、止まったのではなく遅れているだけです。この場合は3つ目の「出してからの時間」だけで解決します。まったく動いていない生地は、1つ目か2つ目を疑ってください。

止まった場所1:イーストが働けない状態だった
基本の記事では、イーストを粉の0.5〜1%に減らすと書きました。これは丸パンやテーブルロールのような生地の話で、しかも下限の0.5%は、冷蔵室が5℃前後で12時間以上置ける人向けの数字です。砂糖やバターの多い生地、8時間しか置けない夜、冷えの強い冷蔵庫。こういう条件で0.5%にすると、朝の生地は動いていません。製パン技術を解説するサイトでも、冷蔵発酵でふくらまない原因の筆頭はイーストの減らしすぎだとしています。食パンや菓子パン生地なら1%を下回らない。減らすのは、過発酵で困ってからで遅くありません。
量の次は、生きているかです。開封して常温に置いたまま半年たったドライイーストは、同じ3gでも中身が違います。もうひとつ見落としやすいのが仕込み水の温度。イーストは50℃を超えると死に、40〜45℃でも酵素の働きが一時的に落ちることが古い酵母研究で示されています。冷蔵発酵は常温の水で十分です。「冷蔵庫に入れるから」と熱めの湯を使った夜は、ここが原因です。
イーストの種類と使い分けはイースト菌の種類と選び方に、小さじで量っているならドライイースト小さじ1は何グラムかを一度確かめておくと、量の見当違いがなくなります。

止まった場所2:冷蔵室が冷たすぎた、助走がなかった
冷蔵庫は、どの棚に入れたかで生地の運命が変わります。家電の解説をまとめると、冷蔵室はおおむね3〜6℃、チルド室は0〜2℃、野菜室は3〜8℃と高め。チルド室は「凍らずに発酵だけが止まる」温度で、プロが発酵を止めたいときに使う場所です。うっかりチルドに入れた生地は、朝も入れたときのままで正しい。海外の製パン掲示板でも、約4℃の冷蔵庫で9〜24時間置いてまったく動かなかったという相談に対し、「その温度はイーストが止まりかける」という答えがついています。
冷蔵室でも、冷気の吹き出し口の正面や、冷却ファンの近くは別格に冷えます。ボウルを棚の奥、吹き出し口から外れた位置に置くだけで、同じ冷蔵庫の中でも結果が変わります。
もうひとつが助走です。こね上げてすぐ冷蔵室に入れると、生地の芯が5℃まで落ちるあいだにイーストが働く時間がほとんどありません。基本の記事で室温に30分〜1時間置いてから入れる、と書いたのはこのためで、製菓材料店の解説でも、こね直後に冷蔵してふくらまなかった相談に「最初の発酵を省くと動かないことがある」と答えています。こね上げ温度も効きます。22〜24℃を狙うところ、冬の冷たい粉と水で18℃に仕上がった生地は、助走の30分では1.2倍にも届きません。こね上げ温度の管理で仕込み水の温度を決めておくと、ここがそろいます。
止まった場所3:出してからの時間が足りない
冷蔵室から出した生地の中心は5℃前後。この温度では、30℃の発酵器に入れても表面しか動きません。中心が15〜20℃に戻ってはじめて、生地全体が同じ速さで発酵しはじめます。バゲット生地を実測した例では、常温で約45分置いて中心10℃、さらに45分でやっと18℃。合計90分です。
「冷蔵発酵の生地が二次発酵でふくらまない」と感じるケースの大半は、ここです。レシピの「復温30分」を守って成形し、いつもの40分の二次発酵で焼いてしまう。生地は何も悪くなく、ただ冷たかっただけ。復温の見極めは冷蔵発酵の復温で詳しく書きましたが、時計ではなく、生地の中心温度と、押したときの手応えで判断してください。
| 朝の生地の様子 | 止まった場所 | 今日の手当て | 次に直す数字 |
|---|---|---|---|
| 入れたときと同じ大きさ。泡もない | イーストの量か状態 | 28〜30℃に2時間置いて動かなければ、ピザ生地に回す | イーストは粉の1%前後。開封後は冷凍庫保存、水は常温 |
| 同じ大きさだが、表面に小さな泡が少し | 冷蔵室が冷たすぎた | 28〜30℃で1.5〜2倍になるまで待ってから分割へ | チルド室と吹き出し口を避け、冷蔵室の奥へ。入れる前に室温で30分〜1時間 |
| 1.3〜1.5倍。押すと弾力がある | 遅れているだけ | 室温で中心15〜20℃まで戻し、そのまま一次発酵の続き | こね上げ22〜24℃。冬は助走を1時間しっかり |
| 2倍近いのに、成形後の二次発酵が進まない | 復温不足 | 二次発酵を30〜35℃で、いつもの1.5〜2倍の時間 | 復温は中心15〜20℃を温度計で確かめてから成形 |
| ふくらんでいたのに、触るとしぼんで酸っぱい | 行きすぎ(この記事の外) | 成形せず、薄くのばしてピザか揚げパンへ | イーストを0.2%減らす。冷蔵時間を短く |
今日の生地を救う手順
原因が3つのどれでも、朝にやることは同じです。まず、生地を覆ったまま28〜30℃の場所に移します。オーブンの発酵機能か、湯を張ったボウルの上。30℃を超える場所には置かないこと。表面だけが走って、中心との差がかえって開きます。
そこで1.5〜2倍になるまで待ちます。遅れていただけの生地なら1時間前後で追いつき、冷たすぎた生地でも2時間あればたいてい動きます。フィンガーテストで穴がゆっくり戻るところまで来たら、あとは普通の生地と同じ。分割、ベンチタイム、成形、二次発酵と進めてください。二次発酵は30〜35℃で、いつもより長めに見ておくこと。
2時間たっても1.2倍に届かない生地は、イーストが死んでいるか、ほとんど入っていません。こうなると待っても変わらないので、パンとしては諦めて、薄くのばしてピザかフラットブレッドに回します。グルテンはできているので、焼けばちゃんと食べられます。
よくある失敗と直し方
- 野菜室に入れたらふくらんでいたのに、冷蔵室に変えたら止まった:野菜室は冷蔵室より数℃高く、同じイースト量でも進みが違う。冷蔵室で回すならイーストを1%に戻すか、冷蔵時間を長く取る
- ぬるま湯で仕込んだ夜だけふくらまない:40℃台の水でイーストの活性が落ちた。冷蔵発酵は常温の水で仕込む
- 8時間では動かず、24時間置くとちょうどいい:冷蔵庫の設定が強い。8時間で焼きたい日はイーストを1%にし、助走を1時間取る
- 復温したのに、焼くと目が詰まって重い:一次発酵が足りないまま成形した。冷蔵室で2倍に届いていなければ、朝に一次発酵の続きを取ってから分割する
- 酸っぱい匂いがするのにふくらんでいない:止まったのではなく行きすぎて落ちた。過発酵した生地の使い道へ
止まった場所がわかれば、次の夜は直せる
冷蔵発酵でふくらまない生地は、イーストが足りないか、冷たすぎたか、出してからの時間が短いか。朝の生地の顔を見れば、どれかはだいたい分かります。泡ひとつない生地はイースト、泡だけある生地は温度、少しはふくらんだ生地は時間。今日の生地は28〜30℃でゆっくり待てば、ほとんど救えます。そして次の夜は、イーストの量、冷蔵室の棚、助走の長さのうち、ひとつだけ変えてみてください。ひとつずつ変えるから、どれが効いたかが分かります。
参考情報源
- オーバーナイト法(パン作りの教科書):冷蔵発酵でふくらまない主因はイーストの減らしすぎ、チルド室は約0℃で発酵が止まる、野菜室は約10℃で進みが速い、こね上げは24℃未満、仮発酵の取り方
- 冷蔵発酵のやり方(cotta):5℃前後の冷蔵室、冷蔵前に1.5倍・取り出しは2〜2.5倍の目安、こね直後の冷蔵でふくらまなかった相談への回答、膨らみが悪ければ30℃で30分追加、24時間以内に焼き上げる
- 低温長時間発酵(こむぎプラス):冷蔵庫4〜7℃で6時間以上、6〜7割まで発酵させてから冷蔵、復温は30℃以上に置かない、生地温が低いまま進むと最終発酵でふくらみきらない
- Dough not Rising in the Fridge(The Fresh Loaf):約4℃(39°F)の冷蔵庫で9〜24時間置いても動かなかった相談、その温度はイーストが止まりかけるという回答、冷却ファン付き冷蔵庫の影響、4分の3まで発酵させてから冷蔵する助言
- 冷蔵庫の適正温度(Rentio):冷蔵室3〜6℃、チルド室0〜2℃、野菜室3〜8℃、冷凍室−20〜−18℃
- イーストが働く温度(macaroni):イーストは50℃を超えると死滅するため、使うなら30〜40℃のぬるま湯まで
- Krátkodobé působení vnějších teplot 50 až 60 °C na droždí(Kvasný průmysl, 1965):40〜45℃で酵母の酵素活性が急速に落ちる一方、生存は保たれ、発酵中に1時間ほどで回復する
