ゲルの扉をくぐると、まず温かいお茶が出てきて、その横に小さな揚げ菓子が山盛りになった器が置かれる。モンゴルの家庭でよく見る光景です。ボールツォグ(боорцог/Boortsog)は、小麦粉の生地を短冊に切り、結んだりねじったりして油で揚げる、モンゴルの揚げパン。甘さは控えめで、塩味のミルクティー「スーテイ・ツァイ」に浸して食べるのが定番です。この記事では、ボールツォグの正体と食べられる場面、旧正月ツァガーン・サルの食卓での役割、日本の台所での作り方と、つまずきやすい点までを紹介します。
ボールツォグとは(中央アジアに広がる揚げパンの一員)
ボールツォグは、中央アジアからヴォルガ・ウラル、モンゴル、中東まで広く食べられている揚げパンの仲間です。カザフでは「バウルサク」、キルギスでは「ボールソク」と呼ばれ、名前の綴りは土地ごとに少しずつ違います(カザフのものはバウルサクの記事で紹介しました)。
中央アジアでは三角形や丸い形が多いのに対して、モンゴルの特徴は形の自由さです。短冊に切った生地を曲げたり、結び目をつくったりする。よく作られるのは、長方形の真ん中に切れ目を入れ、片方の端をその穴にくぐらせて「ねじり結び」にする形です。
揚げ油は、伝統的には羊の脂。羊の香りがほのかに移り、コクのある味になります。いまは植物油で揚げる家庭も増え、モンゴルの商店には工場で作った袋入りのボールツォグも並んでいるそうです。
イーストなしの「かたい生地」が基本
意外なのは生地です。モンゴルの料理を紹介するサイト mongolfood.info のレシピは、粉・バター・水・砂糖・塩だけ。イーストを入れず、ぎゅっと詰まった「かたい生地」をこねて、気泡がなくなるまでしっかりこね直します。揚げると表面はカリッと、中はほろりとした食感。パンというより、ドーナツとクッキーの中間です。
一方、牛乳やイースト、卵を入れてふんわりさせる作り方も広く知られています。どちらが正しいというより、家庭の数だけ配合がある食べもの。砂糖の量で甘さも変わり、甘さ控えめならバターやチーズを添えて、甘めならそのままおやつに、という具合です。

塩ミルクティーに浸す(スーテイ・ツァイ)
ボールツォグの相棒が、スーテイ・ツァイ。お茶の葉を水と牛乳で煮出し、塩で味をつけたミルクティーです。固めた茶葉のかたまりを削って使い、炒った粟(あわ)を入れることもあります。モンゴルではもっとも日常的な飲みもので、食事のときも、一日のあいだにも何度も飲まれます。
家を訪ねた客には、このお茶とお茶請けの器が出されるのが習わし。甘さ控えめのボールツォグを塩気のあるお茶に浸すと、生地がお茶を吸ってやわらかくなり、バターの香りがふわっと立ちます。甘いものと塩気、という組み合わせは、日本の「お茶と塩せんべい」に少し似ています。
ツァガーン・サル(旧正月)の食卓で
モンゴルの旧正月ツァガーン・サル(「白い月」)は、太陰太陽暦の正月で、毎年日付が変わります(2026年は2月18〜20日)。家族は何日もかけて蒸し餃子のボーズを大量に包み、羊の背の肉や乳製品をそろえて客を迎えます。
食卓の中央には、靴底の形をした焼き菓子「ウル・ボーブ」が塔のように積み上げられます。1段に5枚、段の数はかならず奇数。中には乾燥チーズのアーロールや飴を詰め、てっぺんにはウルム(乳を煮て集めたクリーム)をのせる。段の数は、両親の年齢や子どもの数といった家族の格を表すといいます。ボールツォグもこの正月の食卓に並ぶ、伝統の揚げ菓子のひとつです。

作り方(日本の台所で)
mongolfood.info の配合(粉1kgに対してバター100〜250g・水500ml・砂糖100〜200g)を、家庭で作りやすい量に縮めました。イーストなしの基本形です。
- 粉:中力粉300g(強力粉と薄力粉を半々でも可)
- バター:40g(室温でやわらかく)
- 砂糖:40g(甘めなら60g)/塩:ひとつまみ
- ぬるま湯:150ml(牛乳に替えるとコクが出る)
- 揚げ油:適量(植物油。手に入ればラードや羊の脂を少し混ぜると風味が近づく)
手順はこうです。
- こねる:ぬるま湯に砂糖と塩を溶かし、粉とバターを合わせてこねる。耳たぶよりかためで、手にべたつかない生地が目安。
- 休ませる:ラップをして30分ほど置く。
- こね直す:生地を折りたたむようにして、気泡がなくなるまでもう一度こねる。
- のばして切る:めん棒で厚さ1cmにのばし、幅2〜5cm・長さ5〜10cmの短冊に切る。
- 結ぶ:短冊の中央に縦の切れ目を入れ(両端は切らない)、片方の端を切れ目にくぐらせて引き出す。ねじったり、細長くして結んだりしてもよい。
- 揚げる:170℃前後の油で、ときどき返しながらこんがりきつね色になるまで。家庭のコンロならこのくらいが目安です。

よくある失敗と、その直し方
- 外は焦げたのに、中が粉っぽい:油の温度が高すぎます。厚さ1cmの生地は火が通るのに時間がかかるので、少し下げてじっくり。最初の1個を割って確かめると安心です。
- 油を吸ってべたっとする:温度が低すぎるか、一度にたくさん入れすぎ。鍋の油の表面が埋まらない量ずつ揚げましょう。
- 結び目がほどける:生地がやわらかすぎると、揚げているうちに形がゆるみます。かためにこね、切れ目にくぐらせたら軽く押さえて。
- かたすぎて歯が立たない:こね直しで生地を締めすぎたか、厚すぎ。次は少し薄めにのばすか、牛乳とバターを増やしてみてください。
嬉兆からのひと工夫
日本で作るなら、スーテイ・ツァイの代わりに、ほうじ茶に牛乳とひとつまみの塩を入れたミルクティーを合わせてみてください。香ばしさが揚げた生地によく合います。冷めたボールツォグは、トースターで軽く温め直すとカリッと感が戻ります。
焚き火のそばで揚げたてを頬張れば、草原の朝の気分。ひとつ結ぶたびに、きっとくせになります。
参考にした情報源
- Wikipedia「Boortsog」: https://en.wikipedia.org/wiki/Boortsog
- mongolfood.info「Boortsog」: https://www.mongolfood.info/en/recipes/boortsog.html
- mongolfood.info「Ul Boov」: https://www.mongolfood.info/en/recipes/ul-boov.html
- Wikipedia「Suutei tsai」: https://en.wikipedia.org/wiki/Suutei_tsai
- Wikipedia「Tsagaan Sar」: https://en.wikipedia.org/wiki/Tsagaan_Sar
