中種法はいいらしい。でも「中種を3〜4時間発酵させる」の一行で、平日の台所からはすっと消える。
そこを冷蔵庫でまたいでしまうのが、冷蔵中種、あるいはオーバーナイト中種と呼ばれるやり方です。夜のうちに中種だけ仕込んで冷蔵室に入れ、翌日その中種で本ごねをする。待ち時間を、寝ている時間に重ねてしまう段取りです。
この記事では、冷蔵中種の一日の時間割と、冷蔵室の中で中種に何が起きているのか、いつ使えばいいのかの見極め、そして冷たい中種を本ごねに入れるときの温度の手当てを紹介します。
中種法が平日に続かない理由は、味ではなく3〜4時間
中種法そのものは、やることが少ない製法です。粉の一部と水とイーストを混ぜて寝かせ、ふくらんだら残りを足して本ごねする。中種に回す粉は全体の50〜70%、水は中種の粉に対して60%ほど。こね上げは24〜25℃と、本ごねより低めに置きます。
ひっかかるのは、そのあとの待ち時間のほうです。24℃前後の室温に置くなら、中種の発酵はふつう4時間。短くても3時間はみておきたい。
帰宅してから仕込めば本ごねは深夜になり、朝に仕込めば焼き上がるのは午後です。どちらも平日には収まらない。冷蔵中種は、この宙に浮いた3〜4時間を、そのまま夜へ押し込む発想です。
冷蔵庫は時間を止める箱ではなく、ゆっくり進める箱
ここが冷蔵中種のいちばん大事なところです。冷蔵室に入れれば発酵が止まる、と思っていると読み違えます。
イーストがいちばん元気に働くのは25〜35℃。一次発酵に28〜30℃、最終発酵に35〜38℃といった温度をあてるのはそのためです。温度が下がるほど働きは鈍り、10℃を下回るとほぼ止まった状態に近づきます。ただし「近づく」であって、ゼロではない。冷蔵室の暗がりでも、中種は静かに進み続けています。
だから冷蔵中種の使いどきは、点ではなく幅で来ます。ここが平日の味方です。帰りが20時になっても21時半になっても、幅の中なら中種は待っていてくれる。
もちろん幅の外に出れば戻れません。中種を冷蔵室に置ける時間は12〜16時間ほどが目安で、16時間を超えると過発酵と酸臭のリスクがはっきり上がります。仕込みから焼き上げまでを24時間以内で終える、というのが安全側の線引きです。低温で長く進める考え方そのものはオーバーナイト発酵の基本と同じで、それを生地全体ではなく中種だけに使うのが冷蔵中種、と捉えると腑に落ちます。
夜に仕込んで翌日焼く、一日の時間割
平日に回すなら、こんな組み立てになります。
- 夜22時:中種を混ぜる。こね上げ24〜25℃を目安に、なめらかにする必要はなく、ぼそっとまとまれば十分
- ボウルにラップをかけて冷蔵室へ。置き場所は4〜5℃前後の冷蔵室(野菜室は温度が高いので避ける)
- 翌朝から翌夕:12〜16時間の幅の中で、都合のいい時間に取り出す
- 取り出したら復温。30℃の発酵器なら30分から1時間、室温なら15℃くらいまで戻るのを待つ
- 残りの粉・水・塩・砂糖・油脂を加えて本ごね。こね上げは26〜28℃、目安27℃前後
- そこから先は普通の食パンと同じ。一次発酵、分割、ベンチタイム、成形、最終発酵、焼成
ひとつ必ず変えるのがイーストの量です。常温で回すレシピの1/2から1/3に減らします。一晩ぶんの時間をかけるのに同じ量を入れると、こちらが寝ているあいだに行きすぎるからです。
いつ使えばいいのか、見極めは目と鼻で
時間はあくまで目安で、決めるのは中種そのものの顔つきです。使いどきの中種は、こうなっています。
- 体積が2.5〜3倍ほどにふくらんでいる
- 表面に細かい泡が浮いている
- 押すと張りが抜けて、やや力のない感じ
- 顔を近づけると、甘さと酸味の混じった穀物の匂いが立つ
行きすぎた中種は、匂いのほうが先に教えてくれます。
- はっきり酸っぱい匂いがする
- 表面が黄色や灰色に変色している
- 指で触るとほろほろ崩れる
この三つが出てしまったら、そのまま本ごねしてもふくらみは戻りません。次に直すのは、冷蔵室の温度を確かめる、イーストをもう一段減らす、仕込む時刻を遅らせる。だいたいこのどれかで収まります。
| 項目 | 常温で回す中種 | 冷蔵中種 |
|---|---|---|
| 置き場所 | 室温24℃前後 | 冷蔵室4〜5℃ |
| 発酵時間の目安 | 3〜4時間 | 12〜16時間 |
| イーストの量 | レシピどおり | 1/2〜1/3に減らす |
| 使うタイミング | ほぼ一点 | 幅がある |
| 本ごね前の手当て | なし | 復温30分〜1時間 |
| 全体の期限 | その日のうち | 仕込みから24時間以内 |
冷たい中種をそのまま入れると、生地温度が足りない
冷蔵中種でいちばんつまずくのが、本ごねの温度です。
本ごねで狙うこね上げ温度は26〜28℃、目安として27℃前後。ふつうは粉の温度と室温を見て仕込み水の温度を決めますが、冷蔵中種にはもうひとつ、計算に入りにくいものが混ざります。冷蔵室から出したばかりの、5℃前後の重たい塊です。
これをそのまま放り込めば、生地はきっちり冷えます。手当ては二つ、どちらか、あるいは両方。
- 中種を先に出して復温させ、冷たさを抜いてから合わせる
- 仕込み水をいつもより温かめにして、中種のぶんを持ち上げる
それでもこね上げが低く出たときは、電子レンジや湯せんで温め直そうとしないこと。一次発酵の時間を延ばすか、少し暖かい場所に移すかで足りるはずです。生地は温度で急かすより、時間で待つほうが素直に応えます。
冷蔵は道具をひとつ足すだけ
冷蔵中種は、中種法の効きをそっくり持ってきます。きめの細かさ、ふくらみ、翌日以降のやわらかさ。段取りが一晩ぶん伸びるだけで、目指す仕上がりの方向は変わりません。
逆に言えば、冷蔵そのものが何かを足してくれるわけでもない。中種の粉比率をいくつにするか、水をどれだけ入れるか、そもそもポーリッシュやビガと中種は何が違うのか。その土台は発酵種(ポーリッシュ・ビガ・中種)の記事のほうがくわしいので、配合から組み立てたいときはそちらへ。冷蔵は、そこに「一晩」という道具をひとつ足すだけの話です。
夜、ラップをかけたボウルを冷蔵室の奥へ押し込む。朝、扉を開けると、ゆうべより明らかに背が高くなった白い塊がいる。あの一瞬があるから、平日でも中種法は回ります。
参考情報源
- パン職人の朝は早い(オーバーナイト法):冷蔵5〜10℃・8〜24時間、イーストを1/2〜1/3に、復温は15℃程度まで。
- cotta(冷蔵発酵):5℃前後の冷蔵室、24時間以内、こね上げ26〜28℃、30℃で30分の復温、野菜室を避ける理由。
- 船の上のパン職人(note):中種を冷蔵で12〜16時間、4℃前後、16時間超の酸臭と過発酵の見分け方。
- パン職人の朝は早い(中種法の計算):中種の粉70%と加水60%、24℃前後で3〜4時間、こね上げ24〜25℃と本ごね27℃前後、2.5〜3倍の目安。
- melkpan(発酵温度):イーストが活発なのは25〜35℃、10℃を下回るとほぼ停止状態、一次28〜30℃・最終35〜38℃。
