ウズベキスタンの食卓を写真で見ると、まず目を引くのがテーブルいっぱいに並んだ丸いパンです。中央がきゅっとへこみ、そこに細かな穴で描かれた幾何学模様。ふちはぷっくりと盛り上がり、こんがりと焼き色がついています。これが「ノン(non)」と呼ばれる、ウズベキスタンを代表する円盤状のパンです。
ノンという言葉はペルシア語に由来し、南アジアでおなじみの「ナン」と語のうえでは親戚にあたります。ただし同じ窯で焼くとはいえ、インドやパキスタンのナンとは別の食べものとされています。今日はこのノンがどんなパンなのか、独特の窯と焼き方、中央の文様を生む道具、そしてパンを大切に扱う食文化をやさしくたどりながら、最後に日本の家庭でも試しやすいレシピをご紹介します。
タンディル窯の壁で焼く「太陽の円盤」
ノンを焼くのは「タンディル(tandir)」と呼ばれる粘土でできた窯です。形は井戸のように縦長で、内側で薪や炭を燃やして壁をしっかり熱します。焼くときは、平らにのばした生地を、なんと窯の内壁に直接ぺたりと貼り付けます。高温の壁に押し当てて焼くことで、表面はこんがり、中はふっくらと仕上がるのです。
円盤状に焼かれるノンの丸い形は、しばしば太陽の象徴と結びつけて語られます。ウズベキスタンのなかでもサマルカンドのノンは特に名高く、中央が薄く、ふちが厚いその姿は街の名物として知られています。日持ちがよく持ち運びやすいことから、かつてシルクロードの旅人の携行食でもあったと紹介されており、今も鉄道の各駅で売られる、暮らしに根づいたパンです。
オビ・ノンとパティル、そして「チェキチ」の文様
ウズベキスタンのノンには、大きく分けて日常用と祝祭用があります。日常的に食べられるのが「オビ・ノン(obi non)」。基本は小麦粉・水・イースト・塩というシンプルな配合で、ごまやニゲラ(黒い種)をのせることもあります。一方、お祝いの席に登場する豊かな配合のものは「パティル(patir)」と呼ばれ、油脂などを加えて作られるとされます。
ノンの顔ともいえる中央の穴模様を生むのが「チェキチ(chekich)」という道具です。木の柄に金属のピンを文様状に植え込んだもので、平らにした生地の中央に押し当てて、いっぺんに細かな穴を開けます。この穴は飾りであると同時に、生地が大きくふくらみすぎるのを防ぎ、熱を均等に通す役割も担っているとされます。チェキチがなくても、フォークの背やコップのふちなどで穴模様を代用できると紹介されています。
パンを大切に扱う食文化
ウズベキスタンでは、ノンは単なる食べものを超えた大切な存在として扱われます。複数の旅行・文化メディアによれば、ノンをナイフで切ることはせず、手でちぎって食卓のみんなで分け合うのが礼儀とされます。「パンを分かち合う」という古くからの習わしが、家族にも隣人にも、そして訪れた客人にも向けられるのです。
扱い方にも独特の作法があります。模様のある面を下にして置かない、パンを床に置かない、といった敬意の表し方が伝えられています。もし一切れを落としてしまったら、拾って口づけし、高い場所に置く――そんな話も紹介されています。客人が家を発つときに、ひとくちだけかじったノンを取っておき、再訪のときに食べてもらう、という温かい慣習もあるそうです。パンへの敬意が、そのまま人へのもてなしの心とつながっている文化だと言えるでしょう。
日本の家庭での活かし方
ここからは、編集部のアレンジで日本の家庭でも試しやすいノン風フラットブレッドのレシピをご紹介します。本場のタンディル窯はありませんが、家庭のオーブンをしっかり高温に予熱し、ピザストーンや天板を熱しておくことで、窯の壁に貼り付けて焼く感覚に少しだけ近づけます。中央の文様は、フォークの背やコップのふちで代用しましょう。
材料(直径18〜20cm・2枚分)
- 強力粉…300g
- ぬるま湯…180〜190ml
- ドライイースト…3g(小さじ1)
- 砂糖…6g(小さじ1強)
- 塩…5g(小さじ1)
- 仕上げ用の水…適量
- 白ごままたは黒ごま…適量
作り方
- ボウルに強力粉・砂糖・塩・ドライイーストを入れ、ぬるま湯を少しずつ加えながら混ぜ、ひとまとまりにします。
- 台の上で10分ほどこね、なめらかな生地にします。丸めてボウルに戻し、ラップをかけて温かい場所で60分ほど、約2倍になるまで一次発酵させます。
- 生地を2等分して丸め、それぞれ直径18〜20cmの円形にのばします。中央は薄く、ふちは少し厚めに残すのがコツです。
- 中央部分にフォークの背やコップのふちで穴模様をしっかり押します。ふちの部分はふくらませたいので押さえません。
- 天板またはピザストーンをオーブンに入れ、最高温度(250℃前後)で30分以上しっかり予熱します。
- 焼く直前に生地の表面に水をはけや霧吹きで薄くぬり、ごまをふります。予熱した天板にのせ、250℃前後で10〜13分、こんがり焼き色がつくまで焼きます。
生地の水分量で食感が大きく変わるので、粉と水は正確に計るのがおいしさの近道です。0.1g単位で量れるデジタルスケールがあると、配合が毎回安定します。
ふっくらしたふちを出すには、イーストがしっかり働いて生地が十分にふくらむことが大切です。発酵が安定する扱いやすいドライイーストを使うと、初めてでも失敗しにくくなります。
タンディル窯の代わりに高温で一気に焼くこのレシピでは、焼く直前に表面へ薄く水分を与えると、ふちの伸びと焼き色がきれいに出ます。霧吹きがひとつあると、この水分づけが手早くムラなくできます。
本場のタンディルやチェキチがなくても、丸くのばして中央に文様を押し、高温で焼くという流れは家庭でも十分に楽しめます。焼きたてを手でちぎって、スープやカレーに添えれば、食卓が一気にシルクロードの雰囲気になります。
まとめ
ノン(non)は、タンディルと呼ばれる粘土の窯の内壁に生地を貼り付けて焼く、ウズベキスタンの円盤状パンです。日常用のオビ・ノンと祝祭用のパティルがあり、中央の穴模様は「チェキチ」という木の柄に金属ピンを植えた道具で押されます。丸い形は太陽の象徴と語られ、サマルカンドのノンは特に名高い名物として知られています。
そして何より印象的なのが、パンを大切に扱う食文化です。ナイフで切らずに手でちぎって分け合い、模様の面を下にせず、床に置かない。パンへの敬意がそのまま客人へのもてなしへとつながっています。本場の窯がなくても、高温に予熱したオーブンと身近な道具で、文様を押して焼く楽しさは味わえます。ぜひおうちで、ウズベキスタンの食卓の知恵を試してみてください。
