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スペインのパン・デ・クリスタル(Pan de cristal)— 加水100%、ガラスのように割れる「ほぼ皮だけ」のパン

2026年06月19日 読了時間 約8分
トマトをすり込んだトーストパン(パン・コン・トマテ)

バルセロナのバルで、トーストしたパンに完熟トマトの断面をごしごし擦りつける。ひと口かじると、パリン、と本当に音がします。ガラス細工を割るようなあの音の主が、パン・デ・クリスタル——スペイン語で「ガラスのパン」。粉と同じ重さの水を抱かせた超高加水生地を、こねずに折りたたむだけで作る、中は大穴だらけ・外は薄くパリパリの白パンです。この記事では、その正体と生まれた背景、そして「水たまりみたいな生地」を家庭のオーブンで一枚のパンに変えるコツまでを紹介します。

「ガラスのパン」は、バルセロナ生まれの新しい伝統

パン・デ・クリスタルは、地元カタルーニャ語では「パ・デ・ビドレ(pa de vidre)」。名前の由来は見た目そのままで、割った断面に現れる、光が透けるほど薄いグルテンの膜です。中身はほとんど空気。「クラム(中身)は、ほぼ透明なグルテンの網」と表現する記事もあるほどです。

意外なことに、これは何百年も続く古いパンではありません。バルセロナのパン職人ジョルディ・ノメンが2000年代に考案した、と複数の記事が伝えています(2004年とする資料と2010年頃とする資料があり、正確な年には諸説あります)。ただし、まったくのゼロからの発明というわけでもなく、カタルーニャで昔から愛されてきた、皮が香ばしく中が軽いパンの系譜を極限まで推し進めたものだと言われています。生まれて二十年ほどの新顔なのに、いまやバルセロナのバルの定番。パンの世界では、伝統は今日も生まれ続けているようです。

加水100%——粉と水が、同じ重さ

このパンの心臓部が加水率です。アメリカの製粉会社キング・アーサーが公開しているレシピでは、粉500gに対して水500g。つまり加水100%。大きな気泡で知られるチャバタでも75%前後とされますから、その飛び抜けぶりが分かります。加水率がパンの骨格をどう変えるかは、加水率のコラムで詳しく書いたとおりです。

混ぜた直後の生地は、はっきり言って生地に見えません。キング・アーサーの記事も「最初はパンケーキの生地のような液状」と認めています。でも、それでいいのです。この大量の水こそが、焼成時に猛烈な蒸気となって気泡を内側から膨らませ、薄い皮と空洞だらけの中身を作ります。水は敵ではなく、このパンの主役です。

パン・コン・トマテのために生まれたような一枚

カタルーニャの食卓の顔といえば、パン・コン・トマテ。トーストにトマトを擦りつけ、オリーブオイルと塩、好みでにんにく。パン・デ・クリスタルはこの食べ方と抜群に相性がいいのです。理由は単純で、皮がパリッと焼き締まっているからトマトの水気が漏れず、中身が少ないから汁を吸ってもべちゃっとしにくい。同じ理屈で、生ハムやオイル漬けの具といった「汁気のあるもの」を挟むサンドイッチにも向くと紹介されています。

日本の台所なら、湯むきも裏ごしもいりません。半分に切ったトマトの断面を、焼きたての表面にごしごし。それだけで、バルセロナの朝が食卓にやって来ます。

作り方:こねない。濡れた手で、折るだけ

「加水100%をこねる」と聞くと腕が鳴る(あるいは青ざめる)かもしれませんが、実はこのパン、こねません。時間を置いて折りたたむだけ。キング・アーサーのレシピをベースに、家庭向けに整理するとこうなります。

  • 材料:強力粉500g(たんぱく質高めのものを。ここが生命線)、水500g、塩10g、インスタントドライイースト2.5g(小さじ3/4)、オリーブオイル15g(大さじ1)
  • 混ぜる:ボウルの中で、粉気がなくなるまで混ぜる。ドロドロで正解
  • 折る:20〜30分おきに「コイルフォールド」を4回ほど。生地の中央を両手ですくい上げ、伸びた生地を手前にふわりと巻き込む。向きを変えて数回繰り返す
  • 手はつねに濡らす:水を張った容器をそばに置き、触る前に手を濡らすと、生地は驚くほどくっつきません
  • 休ませる:最後の折りたたみから80分ほど、そのまま発酵させる

折るたびに、水たまりだった生地が少しずつ「まとまり」に変わっていくのが手のひらに伝わります。この変化を感じるのが、高加水パンのいちばんの醍醐味かもしれません。

焼き方:切ったら触らない、紙ごとすべり込ませる

発酵を終えた生地は、粉をふった台に出して4分割し、丸め直さず、切ったままの姿でそれぞれオーブンシートの上へ。室温でさらに2時間ほど休ませたら、いよいよ焼成です。

  • オーブンは天板(あればベーキングストーン)ごと、家庭用オーブンの最高温度近く(キング・アーサーのレシピでは約245℃)までしっかり予熱する
  • 生地はオーブンシートごと、熱い天板の上にすべり込ませる
  • 合計27〜30分、全体が濃いきつね色になるまで焼き切る

オーブンの中で生地がぷうっと持ち上がり、窓越しに気泡の影が透ける様子は、ちょっとした見世物です。焼き上がりを割ると、パリン、のあとに湯気。薄い膜だけでできた空洞がきらきら光ります。なお、この薄皮は湿気に弱く、時間が経つとしんなりします。キング・アーサーいわく、200℃前後のオーブンで8〜10分温め直せばパリパリが復活するとのこと。

よくある失敗と、その直し方

水が多いぶん、つまずきどころははっきりしています。どれも先人が通った道です。

  • 何度折ってもスープのまま → 粉のたんぱく質不足が筆頭容疑者。薄力粉や中力粉では水を抱えきれません。強力粉でも不安なら、まず加水90%前後から始めるのが現実的(それでも十分「ガラス」になった、という検証記事もあります)
  • 膨らまず、目の詰まった焼き上がり → オーブンの熱不足。予熱は天板ごと、時間をかけて。蒸気で気泡を膨らませるパンなので、火力が命です
  • 移動中にぺしゃんこになった → 慌てなくて大丈夫。オーブンシートの上で端をそっとつまみ、元の四角に広げ直せば、オーブンの中でまた膨らみます
  • 気泡が消えてしまった → 触りすぎのサイン。分割後は「運ぶだけ、押さえない」が合言葉です

週末の朝、トマトを一個だけ買って

道具は、ボウルとオーブンシートと天板だけ。技術の代わりに必要なのは、20分おきにキッチンへ戻ってくる気長さと、生地を信じて放っておく度胸です。焼き上がった一枚を割って、トマトを擦り、オイルをひとまわし。パリン、という音が台所に響いたら、それがバルセロナ行きの合図です。

参考にした情報源

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