バンコクの中華街ヤワラート、日暮れどきの歩道。炭火の網の上でパンがあぶられ、甘い煙が屋台の灯りのまわりでゆらめいています。その傍らには、小さなカップに入った翡翠色のクリーム——サンカヤトーストは、パンダンリーフで香りをつけたタイのココナッツカスタード「サンカヤー」を、炭火トーストや蒸しパンに付けて食べる、タイの定番おやつです。
材料は卵とココナッツミルクと砂糖、それに香りの葉が一枚。なのに、一度浸すと手が止まらなくなります。この記事では、サンカヤーの正体、バンコクの行列屋台と老舗ミルクスタンドの風景、シンガポールのカヤトーストとの近縁関係、そして日本の台所での炊き方までを、参考記事を読み解きながら紹介します。
サンカヤーの正体——卵とココナッツミルクを「炊く」カスタード
サンカヤーの材料は、驚くほどシンプルです。ココナッツミルク、卵、砂糖。そこにパンダンリーフという東南アジアの香りの葉が加わると、あの淡い緑色と、甘い若草のような、炊きたてのもち米を思わせる独特の香りが生まれます。
タイのサンカヤーには、大きくふたつの顔があります。ひとつは、とろりとした付けだれ状のカスタード。パンに「塗る」というより、「浸す」「まとわせる」ための濃さです。もうひとつは、しっかり固めた蒸しカスタード。くり抜いたカボチャに流して蒸し上げる「サンカヤー・ファクトーン」は、その代表格です。今日の主役は前者——パンのための、ゆるくて艶やかなサンカヤーです。朝食の食卓にも、小腹のすいた夜にも登場する、暮らしに寄り添う甘さです。
ヤワラートの夜——注文票を書いて、炭火の番を待つ
ヤワラートには「行列のできる炭火トースト」として知られる屋台があります。場所はヤワラート通り、政府貯蓄銀行の前。日が落ちる頃に店が開き、深夜0時ごろまで、炭火の上でパンとバンズがあぶられ続けます(月曜定休)。
ここは注文の仕方が、ちょっと面白いのです。
- 屋台で注文票を受け取り、パンの種類・中身・トッピングを自分で書き込む
- 番号札を持って、人だかりの中で呼ばれるのを待つ
- 待ち時間はおよそ10〜15分
バター砂糖、バター練乳、チョコレート……と選択肢は並びますが、参考記事が推す人気は、コンデンスミルクとサンカヤー。2015年の食レポでは、ひと箱2個入りで18バーツでした。炭火であぶった表面はさくっと香ばしく、中はふんわり、もっちり。熱いうちに翡翠色のカスタードをとろりとまとわせて頬張るために、みんな夜の歩道で番号を握りしめて待つのです。
蒸しパンでも——1964年創業のミルクスタンド「モン・ノムソット」
サンカヤーの相棒は、トーストだけではありません。バンコクの老舗「モン・ノムソット(Mont Nom Sod)」は、1964年に創業者のモンさんが手押し車の屋台から始めた、トーストと新鮮な牛乳の店。いまではバンコク市内の数店舗とチェンマイにまで広がっています。
名物は、こんがりトースト(2023年時点で30バーツ)と、ふかふかの蒸しパン(同70バーツ)。湯気の立つ白いパンを指でちぎり、卵色のオリジナルカスタードや、パンダン香る緑のカスタードにひたして頬張る——ふわ、とろ、の無限ループです。グラスの冷たい牛乳と合わせるのが、この店の流儀。ちぎった白い生地から立ちのぼる湯気は、中国の饅頭(マントウ)の記事で追いかけた中華圏の蒸しパン文化の景色とも、どこか重なります。中華街で花開いたおやつだと思うと、腑に落ちる気がしませんか。
シンガポールのカヤトーストと、いとこ同士
緑のココナッツカスタードをパンに——と聞いて、シンガポールのカヤトーストを思い出した方は鋭い。実はこのふたつ、同じ家系のいとこ同士です。ココナッツミルクと卵と砂糖のジャムは、マレーシアやシンガポールでは「カヤ」(マレー語で「豊かな」の意)、インドネシアでは「スリカヤ」、そしてタイでは「サンカヤー」と呼ばれます。
ルーツには諸説あります。ポルトガルの卵ジャムが海を渡り、土地の味に変わったという説。イギリス船で働いた海南島出身の料理人たちが、洋式の朝食を作り替えるうちに広めたという説。確かなことは誰にも言えません。ただ、どの説にも共通するのは「外から来た甘さを、自分たちの台所で炊き直した」ということ。シンガポールでは薄いトーストに挟んで朝のコーヒーと。タイではとろりと浸して、朝にも夜にも。同じジャムが、町ごとに違う食べ方を育てました。
家で炊く——市販の食パンと、鍋ひとつで
参考レシピをもとにした、日本の台所向けの分量です。
材料(作りやすい分量):
- ココナッツミルク 250ml
- 卵黄 2個
- 砂糖 大さじ5
- 塩 ひとつまみ
- コーンスターチ 大さじ2+水50ml
- パンダンリーフ(冷凍可)50g+水150ml ※入手先と代用は後述
手順:
- パンダンリーフを刻み、水150mlとミキサーにかけ、茶こしでぎゅっと絞って緑の汁をとる
- ボウルにパンダン汁・ココナッツミルク・卵黄・砂糖・塩を入れて混ぜる
- 水溶きコーンスターチを加えて、なめらかにする
- 鍋に湯を静かなふつふつ加減で沸かし、ボウルごと湯せんに。泡立て器で絶えず混ぜながら8〜10分
- とろみがつき、スプーンの背に膜が張るくらいで火から下ろす
炊いている途中、湯気と一緒にパンダンとココナッツの香りが台所に立ちのぼってきたら、いい合図。目指すのは固いプリンではなく、「スプーンですくえる、艶のあるとろとろ」です。冷蔵庫で3日ほど保存できます。
パンは、市販の角食パンの厚切りで十分。トースターでこんがり焼くだけでもいいし、魚焼きグリルや網で焼き目をつければ、炭火の屋台に一歩近づきます。スティック状に切って浸せば、そのまま屋台気分です。
よくある失敗と、その直し方
- そぼろ状のダマになった → 火が強すぎるサイン。湯せんの湯は静かなふつふつを保ち、手は止めないこと
- 固く練り上がってしまった → 下ろすのが遅かっただけ。温かいココナッツミルクを大さじ1〜2混ぜれば、とろみが戻ります
- 色が淡い・香りが弱い → 葉が古いか、絞りが足りません。冷凍でも新しいものを、繊維までしっかり絞って
- 冷蔵したらガチガチに固まった → それで正常です。室温に10〜15分置くか、ココナッツミルク少々でのばして
一度目より二度目。腕がとろみの気配を覚えれば、あとは鍋まかせです。
日本で揃える——入手先と代用品
- パンダンリーフ:冷凍品・乾燥品がアジア食材店やネット通販で手に入ります。香りづけだけなら「パンダンエッセンス」数滴でも
- どうしても無ければ:パンダン抜きの「卵色のサンカヤー」に。本場でも卵色のオリジナルカスタードは定番で、モン・ノムソットの看板のひとつです
- ココナッツミルク:スーパーの缶や紙パックでOK
- 道具:鍋+耐熱ボウル(湯せん用)、泡立て器、茶こし。生葉を使うならミキサー
- パン:角食パンの厚切りを。蒸しパン派は、蒸し器で市販のパンやロールパンをふかしても
まずは、今夜の一枚から
炊きたてのサンカヤーを小鉢に移し、こんがり焼けた食パンの角をそっと沈める。持ち上げると、翡翠色がとろりと糸を引いて、ココナッツと若草の香りが鼻先をかすめます。ひと口かじれば、そこはもう、ヤワラートの夜の歩道。番号札を握って待つあの行列に、台所からこっそり横入りできるのが、家パンのいいところです。今夜は食パンを一枚、厚めに切るところから始めてみませんか。
参考情報源
- AroiMakMak https://aroimakmak.com/yaowarat-toasted-bread/
- Johor Kaki https://johorkaki.blogspot.com/2015/06/yaowarat-toast-bread-bangkok-thailand.html
- DanielFoodDiary https://danielfooddiary.com/2023/09/05/montnomsod/
- Hungry in Thailand https://hungryinthailand.com/thai-pandan-custard-recipe/
- Wikipedia(Coconut jam) https://en.wikipedia.org/wiki/Coconut_jam
