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「レシピより生地に従う」——米Wordloafの元テストクックが説く、挽きたて粉と高加水サワードウの“上達ロードマップ”

2026年06月11日 読了時間 約11分

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小麦の穂と挽きたての小麦粉

高加水サワードウに挑んでベタベタの生地に心が折れた経験、ありませんか。アメリカのパン教育ニュースレターWordloafを主宰する Andrew Janjigian(アンドリュー・ジャンジギアン)さんは、「いきなり難しい生地に挑まない」段階的な習得法と、容器の中だけで作る高加水フォカッチャ、そして具材を“埋める”焼き方まで、家庭の焼き手がそのまま真似できる発想を発信し続けています。さらに彼が突き詰めるのが「挽きたて粉」と、そこから生まれた一つの哲学。「これなら作れる!」「こんな手があったのか!」というヒントを、編集部の言葉でお届けします。

「breaducation」を掲げる人——元Cook’s Illustratedの“常駐パン馬鹿”

Andrew Janjigian さんは、マサチューセッツ州ケンブリッジを拠点に活動するパン講師・レシピ開発者・ライター・写真家です。彼が主宰するのが、パン・焼き菓子・粉・穀物を扱うIACPノミネートの「breaducational(パンの教育)」ニュースレターWordloaf。挽きたて粉や全粒粉、高加水サワードウ、フォカッチャ、ピザまでを「なぜそうなるのか」という科学・検証の視点で解き明かすのが持ち味です。

その視点は経歴に裏打ちされています。Wordloafを始める前、彼はAmerica’s Test Kitchenの『Cook’s Illustrated』誌でテストクック兼エディターとして11年間在籍した、自他ともに認める「resident breadhead(常駐のパン馬鹿)」。在籍中に100以上のレシピを開発し、そのなかには同社で最も人気のあるパン・ピザのレシピが2ダース(24本)以上含まれます。Serious Eats、King Arthur Baking、Epicurious、Chef Steps、Edible Bostonなど複数の媒体にも寄稿してきました。

Wordloafは2020年4月に創刊。無料配信の記事と、レシピ本文などを有料購読者限定とする記事が混在する形で運営されています(たとえば後述の高加水フォカッチャはレシピ本文が有料部分)。なお彼の著書『Breaducation: The Science and Practice of Baking Bread at Home』はTen Speed Pressから2026年11月17日に刊行予定。384ページで、サワードウ・ブリオッシュ・バゲット・ベーグル・ピタなど50以上のレシピを収録し、J. Kenji López-Altさんから「これまで見た中で最も明晰で権威があり、科学に基づいた実用的なパン作りガイド」との推薦を受けています。

75%→80%→85%。高加水サワードウは“段階的に”覚える

本格志向の方ほど憧れる高加水サワードウ。けれど、いきなり水の多い生地に挑んで挫折しがちなのも事実です。Janjigianさんの「Loaf Classic」というフォーミュラは、ここに教育的な設計を仕込んでいます。

その勧め方は明快で、初心者はまず加水率75%から始め、慣れてきたら80%、最後に85%へと段階的に上げていくというもの。85%は非常に水っぽく、ベンチナイフでの生地捌きの技量と、高加水に耐える発酵カゴ(バヌトン)が必要になります。だからこそ一足飛びに高加水へ向かうのではなく、扱いやすい水分量で成功体験を積みながら、少しずつ難度を上げていく。「上達のロードマップ」として理にかなった組み立てです。編集部としては、これは「失敗で心が折れない」ための最も現実的な近道だと感じます。

容器の中で折るだけ。高加水フォカッチャと、具材を“埋める”ひと工夫

高加水生地のいちばんの難所は、手にもキッチンにもベタベタとくっつくこと。Janjigianさんの高加水サワードウ・フォカッチャは、その悩みを構造から解決します。

ポイントは、生地が最初から最後まで一つの容器に入ったまま進むこと。通常より長めのオートリーズ(粉と水を先になじませる工程)を取り、発酵中にボウルの中で4セットの折り込み(フォールド)を行うことで、こねずに扱いやすさを保ちます。基本の流れは、少量のルヴァンで一晩・常温のノーニード(こねない)バルク発酵、そのあと8〜24時間の冷蔵成形発酵という柔軟な工程。生地に触れる回数が最小限なので、ベタつく高加水でも手やまな板を汚さずに進められます。

そしてもうひとつ、すぐ真似したいのが具材の扱いです。フォカッチャはトッピングを上に乗せるだけだと焦げやすいもの。彼は最終発酵の途中、生地が膨らみ始めた焼成の約1時間前に、チーズの塊・プチトマト・ブドウ・オリーブ・ハーブの枝などの大きめの具材を、表面に薄く油を塗ってから型の底近くまで深く押し込みます。その後も生地が膨らむことで具材が包み込まれ、焦げから守られて、ジューシーに仕上がるという仕組みです。「乗せる」ではなく「埋める」。発想の転換ひとつで、家庭のオーブンでも仕上がりが変わります。

「レシピより生地に従う」には、生地の状態を一定に保つ環境づくりから。挽きたての粉を活かすための基本道具をそろえます。

「レシピではなく、生地に従う」——自家製粉が教えてくれること

Janjigianさんがいま深く取り組むのが、自家製粉(挽きたて粉)です。彼はパン・パンケーキ・ワッフル・ソフトプレッツェル・イングリッシュマフィンなど多くを自家製粉でつくり、焼く日に必要なぶんだけ穀物を挽きます(卓上石臼のKomo Fidibus Classicを愛用し、「美しく、かつ働き者」と表現)。挽きたてだと全粒粉特有の苦味が消えて甘味料が不要になるなどの利点があるといいます。


興味深いのは、その先にある学びです。穀物ごとに加水・発酵時間・ミキシング・ハンドリングを調整する必要があるため、結果的に「生地の状態を見て判断する」姿勢が身につき、格段に上達したと彼は語ります。その核心を表すのが、この一節です。

> follow the dough, not the recipe > — Andrew Janjigian(Wordloaf

数字を守ることより、目の前の生地の様子を読むこと。挽きたて粉を持たない人にとっても、これは一段上を目指すときの確かな指針になります。

日本の家庭での活かし方

この「段階的に覚える」「生地に従う」という考え方は、実は日本の台所ととても相性が良いのです。

ひとつめは。海外のレシピは硬水を前提にしていることが多く、硬度の高い水はグルテンを引き締めます。一方、日本の水道水は軟水が中心で、生地がだれやすくベタつきも出やすい傾向があります。つまり同じ「加水85%」でも、軟水の日本ではいっそう扱いづらくなりがち。ベタつきへの具体的な対処はパン生地がベタつく原因と対処法5選にまとめています。だからこそJanjigianさんの75%→80%→85%という段階法は、日本でこそ効きます。海外レシピの数字に飛びつかず、まずは控えめの加水で成功させ、扱いに慣れてから一段ずつ上げる——この順番をおすすめします。

ふたつめは国産小麦の個性との付き合い方。「春よ恋」や「ゆめちから」はタンパクが多めで吸水も多いと言われ、「キタノカオリ」は甘みと吸水の強さに個性があると言われます。粉によって最適な水分はまるで違うので、「レシピの○○%」をそのまま当てはめても噛み合いません。ここで「レシピではなく生地に従う」という彼の哲学が活きます。お手持ちの粉に合わせ、生地の手応えを見ながら水を加減すれば、ぐっと安定します。

挽きたて石臼を持たないご家庭でも、挽きたて粉の「香りと甘み」という発想は和の素材で取り入れられます。たとえば湯種で粉の一部を糊化させれば、軟水・国産小麦の生地に保水ともっちり感が出て芯が通ります。米麹や甘酒を少量合わせれば、麹由来のやさしい甘みと香りが加わり、甘味料に頼らない奥行きが生まれます。容器の中で折るだけのノーニード・フォカッチャなら、半切りにした梅やしらす、味噌を薄く塗った具材を“埋める”和アレンジも楽しめます。

最後に温度管理です。梅雨や夏の高温多湿では発酵が一気に進んで過発酵になりやすく、冬の底冷えでは逆に発酵不足に陥りがち。彼の一晩バルク発酵や8〜24時間の冷蔵発酵を再現するときは、オーブンレンジの発酵機能や、冬なら少しぬるめの炊飯器の保温などを活用し、季節ごとに発酵の終点をそろえてあげると、メソッドが安定して再現できます。季節ごとの温度の整え方は気温・湿度別の発酵コントロール完全ガイドも参考になります。

まとめ

Wordloafの Andrew Janjigian さんが伝えるのは、「いきなり難しい生地に挑まず段階的に」「具材は乗せるのではなく埋める」「数字より生地に従う」という、どれも家庭でそのまま試せる実践的な発想です。元テストクックらしい検証視点に裏打ちされているからこそ、説得力があります。日本の軟水・国産小麦・湯種や米麹といった和の素材、そして季節の温度管理と組み合わせれば、あなたの台所だけの一本に近づけるはず。編集部としては、まず「加水を一段下げて成功させる」ところから、肩の力を抜いて始めてみることを応援します。

参考にした情報源

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