焼かずに、そのまま。切ったそばから手が伸びる食パンを、家の型で焼いてみたい。
いわゆる生食パンです。専門店の袋には「そのままお召し上がりください」と書いてあって、実際そのとおりにおいしい。特別な機械の仕事だろうと思っていたのですが、原材料表を並べてみると、やっていることは案外はっきりしています。この記事では、市販の生食パンが何を入れているのかをたどり、それを家庭のベーカーズパーセントに翻訳して、焼成と冷まし方までを紹介します。

原材料表を読むと、生食パンの正体が見えてくる
手がかりになるのは、生食パンという言葉を広めた乃が美の表示です。創業乃が美の原材料は、小麦粉(国内製造)、乳等を主原料とする食品、砂糖、マーガリン、加糖練乳、バター、はちみつ、食塩、パン酵母。
並び順を見てください。砂糖のうしろに、マーガリン、加糖練乳、バター、はちみつと続きます。甘いものが三つ、油脂が二つ。そして最後まで読んでも、卵は出てきません。
生食パンは、卵でリッチにしたパンではないのです。乳と糖でできたパンです。高級食パンの店が街に増えたころ、どの店の袋からも似た甘い匂いがしていたのは、この構造が共通していたからでした。
やわらかいパンと、そのまま食べたいパンは別のもの
ここが分かれ道です。ただやわらかいだけの食パンなら、加水を増やして丁寧に発酵させれば近づきます。でもそれを一枚そのままかじると、三口目あたりで手が止まる。口の中でもさっとまとまってしまって、飲み込むきっかけがつかめないのです。
生食パンが狙っているのは、やわらかさそのものではなく、口どけと甘さです。乳脂肪の多いクラムは、噛んでいるうちに体温でほどけて、すっと消える。はちみつや加糖練乳の甘さは砂糖だけの甘さとは輪郭が違って、後を引かずに残ります。「生で食べられる」の正体は、この二つの設計です。
油脂が効くのは口どけだけではありません。配合の中の油脂が増えると、でんぷんの割合が相対的に減ってパサつきを感じにくくなる。液状の油脂そのものがしっとり感を与える、という説明もあります。焼いた翌日もやわらかいのは、この働きです。
市販レシピを並べて、ベーカーズパーセントに翻訳する
実際の配合を二つ並べると、振れ幅と芯の両方が見えてきます。
ひとつは1斤で強力粉270g、はちみつ40g、乳脂肪42%の生クリーム100g、水145g、塩4.5g、インスタントドライイースト3g。粉を100とすると、はちみつ14.8%、生クリーム37%、水53.7%です。バターは足さず、油脂は生クリームの乳脂肪だけでまかなっています。糖が多いぶん、イーストは耐糖性の金ラベルが指定されています。
もうひとつは、粉250gにはちみつ30g、生クリーム80g、牛乳80g、水50g、砂糖10g、無塩バター20g、塩4g、ドライイースト3gという組み方。はちみつ12%、生クリーム32%、牛乳32%、水20%、バター8%になります。塩はどちらも1.6〜1.7%、イーストは1.1〜1.2%で、ふつうの食パンとほとんど変わりません。
数字は違っても、行き先は同じところです。
| 材料 | 粉100に対して | 何のために入れるか |
|---|---|---|
| はちみつ | 12〜15% | 甘みと保水。約2割は水分 |
| 生クリーム(乳脂肪42%) | 32〜37% | 乳脂肪で口どけを作る |
| 牛乳と水 | 合わせて50〜55% | 生地のかたさを決める |
| 無塩バター | 0〜8% | やわらかさと、翌日のしっとり |
| 塩 | 1.6〜1.7% | 甘さの輪郭を締める |
| インスタントドライイースト | 1.1〜1.2% | 糖が多いので耐糖性の金ラベル |
ふつうの食パンの砂糖が5〜7%だと考えると、生食パン風の甘みはその倍以上あります。糖の多い生地はイーストが働きにくくなるので、ここだけは赤ラベルで代用せず、金ラベルを買ってきてください。膨らみの差がそのまま口どけの差になります。

生クリームと牛乳は「水」ではなく「水+固形分」
いちばん事故が起きるのがここです。手持ちのレシピの水を、そのまま同じ重さの牛乳や生クリームに置き換えると、生地はかたくなります。液体に見えて、中身が水ではないからです。
牛乳の水分はおよそ90%、残りの1割が乳固形分。だから水を牛乳に替えるなら水×1.1、牛乳を水に戻すなら牛乳×0.9で計算します。水130gなら牛乳143g。この1割を足さずに焼くと、焼き色は濃いのに膨らみが鈍い、締まったパンになります。
- 水を牛乳に替える:水の量×1.1が牛乳の量
- 牛乳を水に戻す:牛乳の量×0.9が水の量
- 生クリームは乳脂肪分を引いた残りを水分と考える。42%なら100gのうち58g前後
- はちみつも2割ほどが水分。砂糖と同じ重さで替えると生地はゆるむ
- スキムミルクは乳脂肪がないぶん、牛乳よりふんわり焼き上がる
この計算を通してから、最後に水で総量を合わせる。順番はいつもこれです。
焼成は低めに、冷まし方まで含めて設計する
糖と乳が多い生地は、色がつくのが早い。いつもの食パンと同じ温度で入れると、中まで火が通る前に耳が濃くなります。
温度は控えめ、時間は長めが基本です。190℃で27〜30分という指定もあれば、180℃で15分焼いてから160℃に下げてさらに15分、という二段の焼き方もあります。低めの温度で焼くと耳までやわらかくなる、というのが後者の狙いです。発酵はどちらも30℃前後で、一次が約1時間、ベンチタイム15分、二次が45〜50分。
そして冷まし方。粗熱があるうちに切るのはもったいない、と作り手はそろって書きます。焼きたてを切ると水分が逃げて、翌日にはもう別のパンになってしまうからです。
- 途中で色がつきすぎたらアルミ箔をかぶせる
- 網にのせ、粗熱が完全に取れるまで切らない
- 保存は常温。でんぷんの老化は0℃付近がいちばん進むので、冷蔵庫は避ける
- 食べきれないぶんは、切ってから冷凍する
もちもちを足したいなら、湯種と組み合わせる
ここまでの配合でも十分しっとりしますが、あの吸いつくようなもちもちが欲しくなったら、湯種製法を足すのが素直です。熱湯で粉のでんぷんを先に糊にしておく方法で、生食パンの乳と糖とはけんかしません。粉の一部を湯種に回し、そのぶんの粉と熱湯を総量の内側から引くだけです。
ただし湯種は膨らみを鈍らせます。糖が多くて、ただでさえ発酵が重い生地です。湯種を入れるなら二次発酵は時計ではなく、型のふちからの高さで見てください。

つまずきやすい場所と、その直し方
- 膨らまない。糖が多い生地に赤ラベルのイーストを使っている可能性。金ラベルに替える
- 生地がべたついて成形できない。はちみつの水分を数えていない。はちみつの2割ぶん、水を減らす
- かたく締まって重い。牛乳や生クリームを水と同じ重さで置き換えている。1.1倍に戻す
- 耳が濃いのに中が生っぽい。温度が高すぎる。180℃で始めて途中から160℃に落とす
- 翌日ぼそぼそになる。冷蔵庫に入れている。常温か冷凍にする
- 甘いのに後味が重い。油脂の入れすぎ。バターは8%前後で止める
生食パンは、特別な粉や機械の話ではありませんでした。甘さと乳脂肪をどこに置くか、という配合の話です。焼き上がって完全に冷めたら、まず一枚、何もつけずに切ってみてください。噛んだあとに口の中がすっと軽くなったら、その配合は当たりです。
参考情報源
- 乃が美 お客様相談室:創業乃が美の原材料表示。糖と乳の並び方がわかる
- 富澤商店:はちみつミルク生食パンの配合、発酵温度と時間、焼成190℃
- アキノメディア:生クリームと牛乳を併用する配合と、180℃から160℃へ落とす二段焼成
- cotta:水と牛乳の換算式と、置き換えを間違えたときの焼き上がり
- 月島食品工業:でんぷんの老化と油脂の関係、0℃付近で老化が進むこと
