焼き上がったばかりのシュトーレンを、その日のうちには切らない。この菓子のいちばん変わっているところは、たぶんそこです。
シュトーレンはドイツのクリスマスに欠かせない発酵菓子で、バターと洋酒漬けのドライフルーツを抱えた重い生地を焼き、粉砂糖で真っ白に覆います。焼き上げた日がゴールではなく、そこから寝かせて味を馴染ませるところまでが作り方に含まれている。この記事では、シュトーレンの成り立ちと言い伝え、生地の配合の特徴、家庭で仕込むときの段取り、そして「待つ時間」と日持ちの考え方を紹介します。

ケーキに見えて、作り方はパンの側にある
断面はパウンドケーキによく似ています。けれど工程はパン寄りで、イーストで発酵させた生地に、ラム酒などに漬けたドライフルーツとナッツ、スパイスを練り込んで焼く。日本で「クリスマスの菓子パン」と紹介されるのは、そういう理由です。
ただし、ふくらませるための発酵ではありません。ある家庭向けの本格レシピでは、一次発酵は20〜25℃で約60分、めやすは1.3倍まで。二次発酵は同じ温度帯で30〜40分、「わずかにふくらむ程度」と書かれています。食パンのように2倍を待って指を差し込む、あの判定はここでは使いません。バターと砂糖とフルーツの重みで、生地はそもそも軽々と持ち上がらないのです。
この20〜25℃という帯は、暖房を入れる前の11月の部屋とだいたい重なります。台所が冷えはじめてからの調整は季節別の発酵コントロール完全ガイドに、イーストを減らしてゆっくり進めるときの時間の読み方はイーストの量と発酵時間の関係にまとめてあります。
名前の由来も白い粉砂糖も、言い伝えは一つではない
よく語られるのは二つです。ひとつは、細長い形が幼子イエスのおくるみに似ているという説。粉砂糖の白さを産着に見立てる話も、ここから続きます。もうひとつは、シュトーレンという語がドイツ語で「坑道」を指し、昔は暗く涼しい坑道に置いて味を馴染ませたから、という説。
どちらも諸説で、これが正しいと言い切れるものではありません。文献として古いのは1329年、ナウムブルクの司教への贈り物としての記録とされます。ドレスデンでの使用はそこから百五十年ほど後のことで、いま「本場」と呼ばれる土地が最初だったわけでもない。
バターが解禁されるまでの、長い足踏み
初期のシュトーレンは、粉と酵母と水だけの質素な焼き菓子だったと伝えられています。教会の断食期間にはバターや牛乳が使えなかったためです。ローマ教皇にその禁を解くよう願い出る動きが続き、バターの使用が許されたのは1491年。いわゆる「バター書簡」です。細部には諸説ありますが、いまの濃厚な生地はこの許可の後にできあがった、というのが定番の語られ方になっています。
粉100に対してバター30以上、フルーツ60以上という決まり
ドイツにはシュトーレンの配合基準があり、粉100kgに対してバター30kg以上、ドライフルーツ60kg以上と定められています。名乗りを許されたドレスナー・クリストシュトーレンではさらに上がって、バター50kg以上、サルタナレーズン65kg以上、レモンピールとオレンジピール合わせて20kg以上、アーモンド15kg以上。粉より重いフルーツを抱えた生地、と考えると想像がつくはずです。こねているうちに、生地というより「フルーツの塊を粉でつないでいる」ような手応えになります。
家庭向けのある分量では、強力粉と薄力粉を175gずつの計350gに対し、生地に練り込む無塩バターが150g、ラム酒漬けレーズン200g、オレンジピールとレモンピールが40gずつ、アーモンド50g。これとは別に、仕上げ用のバターが70g、粉砂糖が40〜50g要ります。ボウルの中身が粉の量を軽く超えていく感覚は、ほかのパンではあまり味わえません。

家庭で仕込む段取りは、フルーツを漬けるところから
手を動かす順番は、だいたいこうなります。
- ドライフルーツを洋酒に漬ける。煮沸した瓶に入れて漬け込むと扱いやすい
- 生地をこねる。レシピによっては先に中種を作って発酵させ、後から本生地に合わせる
- 一次発酵。20〜25℃で約60分、1.3倍がめやす
- 成形して二次発酵。20〜25℃で30〜40分、わずかにふくらむ程度
- 焼成。180℃で25分、続けて160℃で25〜30分という配分の例がある
- 焼きたての熱いうちに、溶かしバターを刷毛で全面に塗る
- 温かいうちに粉砂糖を薄く、冷めてからもう一度たっぷり
焼成温度はレシピで幅があり、200℃で20分焼いてから180℃で10分という組み立ても見かけます。厚みのある生地なので、上面が濃くなりすぎたら途中でアルミ箔をかぶせる、くらいの構えでいるとよいです。
溶かしバターと粉砂糖は、飾りではなく保存の仕掛け
最後の白い衣は、見た目のためだけではありません。熱いうちに塗ったバターが表面をふさいで水分の蒸発を抑え、その上を覆う砂糖が空気との接触を減らす。乾燥とバターの酸化を防ぎ、砂糖そのものの防腐性でカビや細菌も出にくくなります。焼き菓子が一か月単位で日持ちするのは、この二枚の膜のおかげです。
だから粉砂糖は、遠慮せずにかけたほうがいい。二度に分けるのは、温かいうちの一度目がバターに溶けて下地になり、冷めてからの二度目が白く残るからです。
食べ頃は数日後から。待つ時間まで含めてレシピ
ここがシュトーレンのいちばんおもしろいところです。焼きたては、バターもフルーツもスパイスもばらばらの顔をしています。数日置くと、フルーツの洋酒とバターが生地の側へ移っていき、味の輪郭が一本にまとまる。
待つ日数は作り手によって幅があります。常温で1〜3日、とくに2〜3日後がまとまりやすいとするもの。手作りなら3〜4日後からとするもの。冷蔵で寝かせて5日後から、あるいは冷暗所で1週間ほど置いてから、とするもの。共通しているのは「焼いた当日ではない」という一点だけです。
| 状態 | 置き場所 | めやす |
|---|---|---|
| 焼き上がりから食べ頃まで | 冷暗所または冷蔵 | 3〜4日、1週間とする作り方もある |
| カットする前 | 冷蔵 | 3〜4週間 |
| カットした後 | 冷蔵 | 2週間ほど |
| 長く置きたいとき | 冷凍 | 2〜3か月 |
暖房の入った日本の冬の部屋は、思ったより暖かく乾きます。常温放置は勧められていないので、ぴったりラップで包み、保存袋か密閉容器に入れて冷蔵室か野菜室へ。
真ん中から切って、両側へ食べ進めていく
切り方にも作法があります。端からではなく、真ん中から。1cm幅くらいの薄切りで十分に濃く、それ以上厚くすると重すぎます。切ったら断面をぴったり合わせてラップで包み直す。こうすると乾きにくく、最後の一切れまで同じ状態が続きます。
ドイツではクリスマスまでの四週間、アドヴェントの蝋燭を一本ずつ灯しながら、少しずつ切り分けていく習慣があります。一度に食べきらない前提の菓子だと考えると、この切り方の意味がわかります。

11月に仕込んで、12月に食べる
逆算すると、11月のうちに焼いておくのがちょうどいい。フルーツを漬けるところから数えるなら、もう少し早くてもかまいません。焼いた日は台所が甘い匂いでいっぱいになるのに、その日は食べられない。その据え置きが、この菓子の作り方の一部です。
粉砂糖をふって、包んで、棚の奥へ。次に開けるのは何日後にするか。そこまで決めて、はじめてレシピが終わります。
参考情報源
- 富澤商店 Column:ドイツの配合基準(粉100kgに対しバター30kg以上・ドライフルーツ60kg以上)とドレスナー・クリストシュトーレンの規定、熟成の考え方
- Wikipedia(シュトレン):1329年ナウムブルクの記録、坑道説とおくるみ説、ドレスデンでの使用時期
- cotta:溶かしバターと粉砂糖が日持ちに効く仕組み、保存期間の目安、1cm幅・真ん中から切る食べ方
- やまでら くみこ のレシピ:家庭向けの分量、一次・二次発酵の温度と時間、焼成の温度配分、粉砂糖の二度がけ
- クラシル:1491年のバター使用許可、粉砂糖とおくるみの見立て、アドヴェントに薄く切って食べる習慣
