18時に焼きたてを出したいのに、こね終えたのがもう16時。レシピの一次発酵は60分、二次発酵は50分。どう足しても間に合わない。こういう日、やれることは2つしかありません。イーストを増やすか、温度を上げるか。どちらも速くはなります。ただし、速くなった分だけ何かを差し出すことになる。
この記事では、その2つの手段がどこまで効いて、どこから味を削り始めるのかを、裏取りできた数字で線引きします。先に結論を書くと、半分にできるのは、温度を8〜10℃上げるか、イーストを1.4〜1.5倍にするか、どちらか片方まで。両方を重ねると、ふくらむより先に匂いが出ます。

発酵の速さは、イーストの数と働く速さの掛け算
生地がふくらむのは、イーストが糖を食べて炭酸ガスを出すからです。ガスの出る量は、イーストが何匹いるか(量)と、1匹がどれだけ速く働くか(温度)で決まります。だから早める手段は、数を増やすか、1匹あたりを急がせるかの2つしかない。生地を小さく分ける、湿度を保つといった工夫は、この2つの邪魔をしないための手当てです。
ここで大事なのは、ガスが出ることと、パンがおいしくなることは別の現象だという点です。香りのもとになる有機酸やアルコール、酵素がデンプンをほどいて生まれる甘み。これらはガスより時間がかかります。ガスだけ先に満ちれば、生地は「ふくらんだのに、味が追いついていない」状態で窯に入ることになります。イーストの量と風味の関係はイーストの量と発酵時間に詳しく書きました。

手段1:温度を上げる。8〜10℃で2倍、ただし30℃台前半まで
温度のほうが、効き方が素直です。製パン書『The Bread Bible』の目安では、生地温度が8℃上がると発酵はおよそ2倍速。温度が10℃上がると約2倍、という言い方もよく使われます。つまり22℃の台所で60分かかる一次発酵は、30℃の発酵器に入れれば30分前後に縮む計算です。
では、どこまで上げていいのか。キング・アーサー・ベーキングの技術資料は、市販イーストの発酵が最も速い温度帯を30〜35℃としたうえで、その速さは「風味の発達と引き換え」であり、風味はもっと低い温度を必要とする、とはっきり書いています。イーストが活発に働くのは30〜40℃あたり、50℃を超えると死滅する、という日本語の解説もあります。
生地の側から見た限界は、もっと手前にあります。cottaの比較実験では、こね上げ温度28℃の生地と34℃の生地を、同じ30℃で50分発酵させました。28℃の生地は約2倍にふくらみ、きめが整い、しっとり焼き上がった。34℃の生地は約3倍までふくらんだのに、窯の中で伸びず、きめは粗く、焼き色は弱く、少しパサついて、イースト臭が強く出た。たった6℃の差で、発酵は「速い」を通り越して「行きすぎ」に入ったわけです。生地温度が27℃を超えると、適正から過発酵までの窓が急に狭くなる。真夏のパン作りで書いたのと同じ話が、急いだ日の台所でも起きます。
だから温度で縮めるなら、こね上げ温度は動かさず、置き場所だけを上げます。一次発酵は28〜32℃、二次発酵は35℃まで。オーブンの発酵機能なら30〜35℃の設定です。40℃の設定は、短時間で切り上げる前提の上限。風味ごと残したい一次発酵には高すぎる側です。発酵器がない家で30〜35℃を作る方法は発酵器なしで発酵適温を作る7つの方法にまとめてあります。

手段2:イーストを増やす。1.4倍で半分、ただし積める余地が小さい
イーストも、量の範囲内ではよく効きます。基本の食パン配合で、インスタントドライイーストが粉の1.22%なら一次発酵60分、1.05%なら90分、0.87%なら120分という目安があります(こね上げ27℃・発酵27℃の条件)。0.87%から1.22%へ、量を1.4倍にして時間が半分。この範囲なら、温度と同じくらい素直に縮みます。
問題は、その上に積める余地がほとんどないことです。英国のBusby’s Bakeryは、生イースト換算で粉の2.2%を超えるとイースト臭と酒の匂いが立ち、クラムの穴が不ぞろいになり、皮が裂け、焼き色は薄くなると書いています。2.5%を超えると、その匂いはもう消えない。インスタントドライイーストはその3分の1の量で同じ力になるので、生イースト2.2%はインスタントでおよそ0.7%。日本の家庭レシピの1〜1.5%は、海外の基準から見ればすでに多めの側にいます。ここから倍にする余地は、正直ありません。
イーストで縮めるなら、上げ幅は1.5倍まで。インスタント1%のレシピなら1.5%です。それで60分の発酵が30〜40分。ここで止めれば匂いは残りません。2倍にすれば確かにもっと速いけれど、焼き上がったパンから酒の匂いが抜けなくなる。縮めた時間と引き換えにするには、代償が大きすぎます。
味の代償は、どこに出るか
急いだパンは、焼きたてはそれなりに食べられます。差が出るのは、冷めてからと翌日です。香りが浅く、甘みが乗らず、イーストの匂いだけが残る。cottaの実験で34℃の生地の色づきが弱かったのは、発酵が糖を食べ尽くして、焼き色のもとが残らなかったからです。
もうひとつの代償は、見極めの窓が狭くなること。30℃台で走る生地は10分で行きすぎます。季節別の発酵時間の早見表で夏の一次発酵が30〜40分と短いのは、この速さの話です。
| 手段 | 時間はどれだけ縮むか | 限界の目安 | 味の代償 |
|---|---|---|---|
| 置き場所を+5℃(22→27℃) | およそ3分の2 | 生地温度は27℃前後まで | ほぼなし |
| 置き場所を+8〜10℃(22→30〜32℃) | およそ半分 | 一次28〜30℃、二次35℃まで | 香りがやや浅くなる |
| 生地温度が34℃以上 | さらに速い | 過発酵の窓に入る | イースト臭、窯伸びなし、色づき弱い |
| イースト1.3〜1.5倍 | およそ半分〜3分の2 | インスタントで1.5%まで | ほぼなし。香りはやや浅い |
| イースト2倍以上 | さらに速い | 生イースト2.2%相当を超える | イースト臭と酒の匂い、皮が裂ける、焼き色が薄い。2.5%超は戻らない |
間に合わせる日の、現実的な組み立て
60分の一次発酵と50分の二次発酵を、合わせて半分近くにする組み合わせはこうなります。
- イーストはレシピの1.3倍。粉300g・インスタント3gなら4g
- こね上げ温度はいつもどおり26〜28℃。仕込み水で温度を上げない
- 一次発酵は30℃の発酵器かオーブンの発酵機能で。目安30〜40分、ただし時計でなく1.8〜2倍のふくらみで切る
- 分割は小さめに。中心まで温度が届き、二次発酵が早い
- 二次発酵は35℃・湿度を保って25〜30分。指の腹で押して跡がゆっくり戻れば窯へ
- 予熱は一次発酵のあいだに始め、二次発酵は湯せんの上で
これで110分の発酵が60〜70分ほどに収まります。イーストを1.3倍にとどめたのは、温度と重ねるからです。片方だけなら1.5倍、両方なら控えめに。それ以上を削るなら、前の晩に冷蔵発酵しておくほうが早い。当日は成形と二次発酵だけで済みます。
よくある失敗と直し方
- 40℃の発酵機能で一次発酵をしたら、イースト臭が出た:34℃の実験と同じ側に入っています。一次発酵は30〜32℃に下げ、そのぶん時間で待つ
- イーストを倍にしたら、焼き上がりが酒くさい:量の限界を超えています。次は1.5倍までにとどめ、足りない分は温度で補う
- 速くしたら、見極めを逃して過発酵になった:30℃台の生地は10分で変わります。タイマーを半分の時間でかけ、そこから5分おきに見る
- 仕込み水を熱くして生地温度を上げた:こね上げ30℃超の生地は、34℃の実験と同じ道をたどります。温めるのは置き場所だけ
速くできるのは、匂いが出る手前まで
発酵時間を半分にする方法は、あります。22℃の台所から30℃の発酵器へ、置き場所を8〜10℃上げること。あるいは、イーストを1.4〜1.5倍にすること。どちらか片方です。それ以上を望むと、ふくらみは手に入っても、香りと甘みと翌日のやわらかさを置いていくことになります。次に時間がある日は、同じ生地をゆっくり発酵させて、差を食べ比べてみてください。急いだ日に何を失っていたかが、いちばんよくわかります。
参考情報源
- Yeast(King Arthur Baking・技術資料):市販イーストの発酵が最も速いのは86〜95°F(30〜35℃)、ただしその速さは風味の発達と引き換えで、風味にはより低い温度が要る
- こね上げ温度とは?こね上げ温度の違うパンを比較してみた(cotta):こね上げ28℃と34℃の生地を30℃・50分で比較。34℃は約3倍までふくらみ、窯伸びせず、きめが粗く、色づきが弱く、イースト臭が強い
- What happens if you put too much yeast in bread(Busby’s Bakery):生イースト2.2%超でイースト臭・酒臭・皮の裂け・焼き色の薄さ、2.5%超で戻らない。インスタントは生の33%で換算
- 春の陽気が最適!? 「こねない放置パン」の作り方(ウェザーニュース):イーストは30〜40℃で活発に働き、50℃以上で死滅する
- Yeast Temperature Chart(Exploratorium):生地発酵でイーストが増殖する最適帯は80〜90°F(27〜32℃)、イースト細胞は130〜140°F(55〜60℃)で死ぬ
