焚き火が熾火になったころ。緑の枝にひも状の生地をくるくると巻き、火の上20cmほどにかざして、ゆっくり回す。香ばしい焦げ目がついたら枝からそっと抜くと、真ん中に穴のあいた熱々の棒パン。カナダの森や湖のキャンプでおなじみの、バノックの焼き方です。
バノックは、小麦粉と油脂と水、それにベーキングパウダーと塩だけで作る、発酵いらずの素朴なパン。名前はスコットランド生まれですが、カナダでは先住民の人びとの食卓に深く根を下ろし、「先住民のパン」として知られています。この記事では、海を渡って川をさかのぼったバノックの来歴、いくつもの名前が示す土地ごとの顔、焼く・揚げる・枝に巻くの作り方、そして日本の台所やキャンプでどう楽しむかを、参考記事を読み解きながら紹介します。

バノックとは(カナダでの正体)
カナダでバノックといえば、小麦粉にベーキングパウダーと塩、ラードかバター、水か牛乳を合わせ、さっと混ぜて焼くか揚げるかした、厚みのある平たいパンのこと。クイックブレッドの一種で、こねる時間も発酵の時間もいりません。混ぜて、まとめて、火にかける。これだけです。
食べ方は、ちぎってバターやジャム、はちみつ。スープやシチューに添えて。先住民の集まりでは、揚げたバノックにひき肉とレタス、トマト、チーズをのせた「インディアン・タコス」が定番です。参考にした先住民の書き手は、集まりに欠かせないのは焼きたてのバノックと紅茶、そしてチョークチェリーのジャムの大瓶だと書いています。
スコットランドから、毛皮交易の川をさかのぼって(歴史)
もともとのバノックは、スコットランドで大麦やオーツ麦の粉を練って、火の前の平たい石や鉄板で焼いたものでした(くわしくはスコットランドのバノックの記事で)。
これが大西洋を越えたのは、18〜19世紀の毛皮交易の時代とされます。ハドソン湾会社はスコットランド北端のオークニー諸島から多くの働き手を集めており、ジェームズ湾のまわりのクリーの人びとに作り方を伝えたのは、彼らのうちの誰かだった、と伝えられています。ただし、先住民の人びとはそれ以前から、カマスの球根やトウモロコシ、根菜でパンのような食べものを作っていました。粉を練って火にかける発想そのものは、持ち込まれたものではなかったのです。
バノックが広く焼かれるようになったのは、ハドソン湾会社やノースウェスト会社が小麦粉を大量に、手ごろな値で取引しはじめてからです。
名前がいくつもある(土地ごとの顔と、揺れる意味)
このパンは、土地ごとに名前が違います。イヌイットは「パラウガ」、クリーは「パクウェシカン」、メティスは「ラ・ガレット」。イヌイットのパラウガは、生地をねじった輪にして油で揚げる形が知られています。ひとつのパンに、いくつもの言葉。それだけ深く暮らしに入り込んだ証しです。
ただ、その広がり方には影もあります。19世紀後半、先住民が居留地に移され、狩りや採集が制限されると、政府の配給は小麦粉と塩とラードになりました。材料がそれだけなら、作れるのはバノックです。月の配給の半分が小麦粉だった、という記述もあります。白い粉と脂ばかりの配給が健康をむしばんだ、と指摘する先住民の書き手もいます。
だからいま、バノックは「生き抜いた証し」として誇りをもって焼かれる一方、「押しつけられた食べもの」と見る人もいる。先住民のシェフたちがバノックのタコスやバーガー、ピザを次々と出しているのは、その両方を知ったうえで、このパンを自分たちの手に取り戻す営みに見えます。2016年にメティスの女性が開いた「バノック・クイーン」というベーカリーは、マーケットに出るたび、およそ1,000個を焼いて持っていくそうです。
材料と作り方(焼く・揚げる・枝に巻く)
基本の配合は、参考にした料理ブロガーのレシピ(先住民の家庭の作り方として紹介されたもの)を芯にしています。
- 材料:薄力粉125g、ベーキングパウダー小さじ1、塩小さじ1/4、油脂(ベーコンの脂・バター・ラードのどれか)大さじ3、スキムミルク大さじ2、冷たい水(まとまるまで)。
- 混ぜる:粉類を合わせ、油脂を指ですり混ぜて、粗い砂のようにします。冷たい水を少しずつ足して、やや固めの生地に。こねすぎないのがこつです。
- 焼く(フライパン):厚さ1.3cmほどの円盤に押し広げ、粉をはたいて、油をひいた厚手のフライパンへ。弱めの中火で片面6〜7分ずつ、両面で12〜15分。たたくと乾いた音がすれば焼けています。
- 焼く(オーブン):カナダ公園局のクランベリー入りの配合では、直径5cmの小さな丸にして190℃で15分ほど。
- 揚げる:集まりの定番。熱した油に落として、両面がきつね色になるまで。外はかりっと、中はふっくら。
粉と油脂と水、という骨格はオーストラリアのダンパーと同じ。火のそばで暮らす人たちは、世界のあちこちで、よく似た答えにたどり着いています。

焚き火の枝に巻いて焼く(キャンプ版)
バノックがいちばんバノックらしいのは、やはり枝に巻いて焼くときです。
- 枝を選ぶ:乾いていない堅い生木の枝。乾いた枝は燃えてしまいます。先の皮を削っておきます。
- 生地を巻く:親指ほどの太さのひもにのばし、枝の先にらせん状に、すき間なく巻きつけます。端は指で押しつけて止めます。
- 火にかざす:炎ではなく、熾火の上20cmほど。参考記事では「8インチ上で、ときどき回しながら」とありました。表面が乾き、きつね色の斑点が出て、生地がふっくら持ち上がってきたら焼けています。
- 抜いて、詰める:枝からそっと抜くと、真ん中にちょうどよい穴。そこへバターとジャムを押し込むのが楽しみです。
煙の香りと溶けたバターの匂いが、湖の夜気にまじる。特別な道具はいらない、この気楽さがバノックの真骨頂です。
| 作り方 | 熱源・道具 | 目安 | 仕上がりの顔 |
|---|---|---|---|
| フライパン焼き | 厚手のフライパン・弱めの中火 | 片面6〜7分ずつ(計12〜15分) | 両面きつね色、中はしっとり |
| オーブン焼き | 190℃ | 小さな丸で約15分 | スコーンに近い、さくっとした口当たり |
| 揚げる | 熱した油 | 両面がきつね色になるまで | 外かりっと、中ふっくら。タコスの土台に |
| 枝に巻いて焼く | 熾火の上およそ20cm・生木の枝 | 回しながら、斑点が出て持ち上がるまで | 煙の香り、真ん中に穴 |
日本の家庭・キャンプで作るなら
材料は、全部スーパーにあります。砂糖は入れても入れなくても。
- 配合(嬉兆の目安):薄力粉200g、ベーキングパウダー小さじ2、塩小さじ1/2、砂糖大さじ1、バター20g、牛乳または水120ml前後。冷たいバターを指ですり混ぜ、液体を少しずつ。耳たぶくらいの固さで止めます。
- 家のフライパンで:厚さ1.5cmほどに広げ、油を薄くひいて弱めの中火。ふたをして片面6分、返して5〜6分。ふたが、ダッチオーブンの代わりになります。
- キャンプで:粉類と塩・砂糖を家で袋に合わせておき、現地でバターと水を足すだけ。スキレットでも、枝に巻いても。
焼きたてにあんことバター、という和の食べ方もよく合います。
よくある失敗と、その直し方
- 固くて重い → こねすぎです。粉が見えなくなったらそこで止めて、すぐ火へ。
- 中が生っぽい → 厚すぎるか、火が強すぎて表面だけ先に焼けています。厚さは1.5cm以内、弱めの中火でふたをして。枝焼きなら、炎から離して熾火でじっくり。
- 枝から外れる、焦げる → 巻きがゆるいか、火が近すぎ。すき間なく巻いて端を押さえ、熾火の上で回すのが鉄則です。
- ぼそぼそして広がらない → 水が足りません。粉の種類で吸い方が変わるので、液体は少しずつ。耳たぶの固さが合図です。
どれも、一度焼けば手が覚える程度のこと。二枚目はきっと、うまくいきます。

一枚のパンが運んできたもの
バノックは、スコットランドの石の上から毛皮交易の川をさかのぼり、カナダの森と湖のほとりに根を下ろしました。つらい歴史も背負っています。それでもいま、焚き火のまわりで枝を回す子どもたちや、マーケットで1,000個を焼く職人の手の中で、このパンは生き続けています。
次のキャンプで火が熾火になったら、粉と水をざっくり混ぜて、枝に巻いてみてください。回しながら火を見つめる時間。枝から抜いた熱々の輪にバターを押し込んで、ひと口。遠いカナダの湖の夜が、少しだけ近くなります。
参考にした情報源
- Bannock (Indigenous American food) — Wikipedia(英語版))
- Bannock: a symbol of perseverance — Canadian Food Focus
- Bannock Anyone? — The Moonspeaker
- From Trading Furs to Baking Wild Cranberries: A Bannock Recipe — Parks Canada
- Bannock: A Canadian First Nations Staple Recipe — Lavender and Lovage
- Bannock Queen: Métis bakery — The Source / La Source
- Bannock: Colonisation, Culture, and Cuisine — KPU Food History
