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モルドバのプラチンタ(Plăcintă)— 向こうが透けるほど薄くのばした生地で、チーズもカボチャも包む。ワインの国の毎日のパイ

2026年10月25日 読了時間 約12分
モルドバのプラチンタ(Plăcintă)— 向こうが透けるほど薄くのばした生地で、チーズもカボチャも包む。ワインの国の毎日のパイ

10月はじめの週末、チシナウの中心の広場はワインの祭りで埋まります。グラスを手にした人の列の向こうに、油を引いた鉄板でなにかを焼く屋台。平たくて、丸くて、表面がきつね色に焼けた生地を半分に切ると、白いチーズがほろりとこぼれる。モルドバの人が「いちばんの家庭料理は」と聞かれて、まず名前を挙げるのがこのプラチンタ(plăcintă、複数形はプラチンテ)です。

薄くのばした生地に具を包んで、フライパンで焼くか、オーブンで焼く。それだけの食べものですが、具も生地も形も、家ごと、村ごとに違います。この記事では、名前の来歴、家庭で作られる2つの型、10月のワイン祭りとの縁、そして日本の台所での作り方と包み方のコツまでを、参考記事を読み解きながら紹介します。

布巾の上に薄くのばしたプラチンタの生地と、ディルを混ぜた白チーズの具
写真はイメージです(嬉兆制作)

プラチンタとは(モルドバでの正体)

プラチンタは、ルーマニアとモルドバに共通する伝統のパイで、薄く小さな丸か四角の生地に、やわらかいチーズやリンゴなどを包んだもの、と英語版 Wikipedia は説明しています。名前はラテン語の placenta(平たい菓子)から来ていて、さらにさかのぼるとギリシャ語の plakous(平たいケーキ)に行き着く。古代ローマの placenta は、細かい粉の生地にチーズと蜂蜜をのせ、月桂樹の葉を敷いて焼いた菓子だったそうです。チーズを包む平たい粉もの、という骨格は2000年のあいだ変わっていません。

モルドバの観光公式サイトは、具を塩味と甘味に分けて並べています。塩味は牛乳の白チーズ、キャベツ、ジャガイモ、青菜、肉。甘味はリンゴ、サワーチェリー、プラム、カボチャ、それにハルヴァ。そして「モルドバ人はみな、それぞれ違うやり方でパイを作る」と言い切ります。バターを使う人、油を使う人、豚の脂を使う人、イーストを入れる人。生地は折り込みのパイ生地のこともあれば、発酵生地のこともある。形も、丸、半月、渦巻き、三角の包みと、ひとつに決まっていません。

いちばん多い具は、ブルンザ(brânză)と呼ばれる白いチーズです。羊乳の塩気の強いものはフェタに近く、牛乳の新鮮なものはカッテージチーズやクワルクに近い。モルドバで暮らした米国の平和部隊員のブログには、86歳のおばあさんが、ブルンザに卵とディルと塩を混ぜて具にし、布巾の上で生地を長方形にのばして端に具をのせ、細長い筒に巻いて天板に並べ、中火のオーブンで40分ほど焼く様子が書かれています。焼き上がると「ガタ(できた)」の一声。店で買うものより家のほうがおいしかった、と部隊員は書いています。

鉄のフライパンで焼かれる、平たい円盤形のプラチンタ
写真はイメージです(嬉兆制作)

家庭の2つの型。フライパンで焼く円盤と、オーブンで焼く筒

モルドバのプラチンタには、大きく分けて2つの型があります。ひとつはフライパンで焼く、平たい円盤。もうひとつはオーブンで焼く、巻いた筒や渦巻きです。

フライパン型は、支援団体ワールド・ビジョンがモルドバの家庭の味として公開しているレシピがわかりやすい。生地はバターミルクと牛乳、卵、油に、重曹とベーキングパウダーを入れた無発酵の生地。粉4カップぶんを8つに分け、それぞれ直径20cmほどの円にのばし、真ん中にフェタとリコッタ(またはカッテージチーズ)、卵、刻んだディルを混ぜた具をたっぷりのせます。縁を4〜6か所から中心へ折りたたんで包み、それを今度は直径15cmほどに軽くのばし直す。油を引いた鉄のフライパンで中火、片面2〜3分ずつ。具の入った生地をもう一度のばす、というのがこの型の肝で、だから中まで薄く、具が生地のすみずみまで行き渡ります。旅行サイトの説明では、円形の生地の縁に8本の切れ目を入れて、花びらのように折り重ねて包む、という作り方も紹介されています。

オーブン型は、上に書いたおばあさんの作り方そのものです。生地をできるだけ薄くのばし、具を帯状にのせて筒に巻き、そのまま並べるか、渦巻きにとぐろを巻かせて焼く。ルーマニアとの国境をまたいで広がる「ポアレン・ブルウ(poale-n brâu)」もオーブン型の親戚で、こちらはイーストの発酵生地を四角に切り、牛乳の白チーズに卵と砂糖を混ぜた具をのせ、四隅を中央へたくし上げて包みます。名前は直訳すると「裾を帯に」。スカートの裾をたくし上げるような折り方からついた名で、19世紀の作家イオン・クレアンガが『幼年時代の思い出』で、母が焼くこのパイを書き残しています。

筒に巻いたものと渦巻きにしたオーブン型のプラチンタ。脇にカボチャと白チーズ
写真はイメージです(嬉兆制作)

10月のワイン祭りと、秋のカボチャ

モルドバは九州より少し小さい国ですが、国をあげてのワイン祭り「ナショナル・ワイン・デー」を毎年10月の最初の週末にチシナウで開いています。2025年は10月4・5日に24回目が開かれ、106のワイナリーが出展。2026年は25回目の節目で、10月3・4日に「ワインでひとつに」を合言葉に開かれる予定です。チシナウ市の案内によれば、会場に続く大通りには屋台が並び、その場で作る伝統料理や焼き菓子が売られます。プラチンタは、そういう場で焼きたてを手に持って食べるのにちょうどいい大きさと形をしています。

南部のガガウズ自治区にも別のワイン祭りがあり、中心都市コムラトで11月はじめに開かれます。この地方のワイナリー、カラ・ガニ(Kara Gani)を訪ねた記事には、薄い生地にやわらかいチーズを包んだプラチンタが、ブルグルと羊肉の煮込み「クルバン」に添えて出てくる場面があります。ワイナリーの人が「うちのプラチンタは北のものとは違う」と言っているあたりに、土地ごとの誇りがにじみます。

秋はカボチャの季節でもあります。首都近郊クリウレニ地区のバラバネシュティ村では、20トン以上のカボチャを集めた祭り「ボスタニアダ」が開かれていて、すでに14回を数えます。カボチャのプラチンタは甘い側の代表で、すりおろしたカボチャに砂糖とバニラシュガーを合わせた具を包みます。ちなみに、隣国ウクライナのフルムシカ川流域の村々に伝わる「プラツィンダ」の料理と食の文化は、2022年7月にウクライナの無形文化遺産の国内目録に登録されました。国境をまたいで同じ名前のパイが生きている証拠です。

具(原語) 味 向く焼き方 日本での代わり
白チーズ(brânză) 塩味。ディルと卵を混ぜる フライパン/オーブンどちらも カッテージチーズ+フェタ少々
ジャガイモ(cartofi) 塩味。炒めた玉ねぎと フライパン マッシュポテト+炒め玉ねぎ
キャベツ(varză) 塩味。くたくたに炒める フライパン 塩もみして水気を絞った炒めキャベツ
カボチャ(dovleac) 甘味。砂糖とバニラ オーブン(筒・渦巻き) 焼きカボチャをつぶして砂糖少々
リンゴ(mere)・サワーチェリー(vișine) 甘味 オーブン 紅玉の薄切り、冷凍ダークチェリー

日本の家庭での活かし方

モルドバの家庭の味に近いのは、イーストを使わないフライパン型です。発酵を待たないので、思い立ってから1時間で食べられます。

生地は、中力粉300g(強力粉と薄力粉を半々にしてもよい)に、プレーンヨーグルト100gと牛乳100mlを合わせたものを使います。バターミルクは日本では手に入りにくいので、ヨーグルトで酸味を補うのが近道です。卵1個、サラダ油大さじ1と1/2、塩小さじ1/2、重曹小さじ3/4、ベーキングパウダー小さじ1/2を加えてひとまとめにし、ラップをして20〜30分休ませます。休ませるあいだに具を作る段取りです。

具の基本形は、カッテージチーズ200gにフェタチーズ50gを崩して混ぜ、卵1個と刻んだディル(なければ青ねぎか大葉)を加えたもの。フェタの塩気で全体の味が決まるので、塩は足さずに味を見てから。生地を4等分して直径20cmにのばし、具を中央に広げて縁を6か所ほどから中心へ折りたたみ、閉じ目を下にして、めん棒で直径15cmまでそっとのばします。油を薄く引いたフライパンで中火、片面2〜3分ずつ。チーズの具は加熱で水分が出やすいので、焼く直前に包むのがきれいに焼くこつです。

強力粉しかない家でも作れます。粉の違いで生地の扱いがどう変わるかは、強力粉がないときのパン作りにまとめました。揚げ焼きに近い香ばしさがほしければ、油を多めにして、ハンガリーのラーンゴシュのように揚げてしまう手もあります。モルドバの家庭でも、油やラードで揚げる作り方は根強いそうです。

つまずきやすいのは3つ。具を包んでのばすときに破れるのは、生地の休ませ時間が足りないか、具が多すぎるかのどちらかです。破れたら無理にのばさず、そのまま焼いてかまいません。焼き色だけ先について中が粉っぽいときは火が強すぎるので、弱めの中火に落として、ふたをせずにじっくり。甘い具で作るときは、具の水気をよく切ること。カボチャは蒸すより焼いたほうが水っぽくなりません。

嬉兆からのひと工夫

焼きたてのプラチンタに合わせるなら、モルドバにならって赤ワイン、と言いたいところですが、朝や昼なら、濃いめに淹れた紅茶に砂糖を少し入れたものがよく合います。チーズの塩気と甘い紅茶という組み合わせは、現地の家庭でもおなじみの取り合わせです。

甘い側では、同じルーマニア語圏の祝祭のパン、ルーマニアのコゾナックの渦巻きと比べてみると、くるみの甘い渦と、カボチャの甘い渦が、どこか似た顔をしているのに気づきます。作る人の数だけ形がある、というのは、この地方のパンに共通する性格なのかもしれません。

参考にした情報源

  • Wikipedia「Plăcintă」: https://en.wikipedia.org/wiki/Pl%C4%83cint%C4%83
  • Moldova Travel「Gastronomy: Explore Moldovan Food」: https://moldova.travel/en/?p=5187
  • World Vision「In the kitchen: Moldovan plăcintă recipe」: https://worldvision.org/refugees-news-stories/in-the-kitchen-moldovan-placinta-recipe
  • Not Exactly Retired「Our Favorite Food」(モルドバ在住の平和部隊員の記録): https://notexactlyretired.com/2017/03/22/our-favorite-food
  • Moldpres「National Wine Day 2025 to be held on October 4-5」: https://moldpres.md/eng/economy/national-wine-day-2025-to-be-held-on-october-4-5
カテゴリ 世界のパンニュース
国・地域 その他
テーマ 文化と伝統をたどる
タグ モルドバ

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